僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
20
薮内先輩は、どんどん僕の中に入り込んできた。食事を摂る時だって三食、僕と先輩の都合が合う限りは一緒だったし、暇な時は必ず僕を呼び出してくれたりと二人で過ごす事が増えた。
そんな姿は誰の目にも留まりやすく二人の仲をそれとなしに聞いてくる人や、付き合っているのかと直球で聞かれたりすることが度々あった。
その度に、付き合っているわけでもなくて、友達と言うには薮内先輩に申し訳なくて、傍に居るだけですと答えると相手は納得した顔をしなくて、こちらも困るしかなかった。
「付き合ってるのか」
その日も、最近よく耳にする言葉を投げ掛けられた。ただ、相手が機嫌の悪そうな表情を貼り付けた森岡で。
「何・・・」
「薮内と。付き合ってんのかって聞いてる」
部屋を出て行こうとしてドアノブに手を掛け、振り向いた姿勢で森岡の視線を受ける。なぜ不機嫌なのかは僕には判らない。森岡が何を怒っているのかも。
「・・・・森岡には、関係ないよね?」
正直な今の気持ちだった。
知らない人にまで「薮内先輩と付き合っているのか」と聞く為に声を掛けられ、薮内先輩が何気に注目を集める、そこそこ人気の有る人だって事をこの間知ったところだったし、そんなセリフに疲れてきたところだった。
人気の有る人には近づかないのが身のためなんだと、会長で学んだ矢先だったのに。知っていれば傍に居るなんて事しなかったのに。
「アイツには近づくなって言っただろ。椿は何も知らないから―・・・」
森岡に・・・・、何で森岡にそんな事言われなくちゃいけないんだ。僕は森岡のなんなの。
渦巻く苛立ちを感じて、視線を逸らした。
「森岡には関係ない。僕の事はほっておいてよ、森岡には・・・、」
森岡には佐古が居るじゃないか、と言いかけて口をつぐんだ。
それこそ、僕には関係の無い事なのに、焼き餅みたいな事を口走りそうになって恥ずかしくなった。
確かにそんなの嫉妬でしかない。誰かに思われているという事、自分の事を見てくれている人が居るという事。そんな事が当たり前のように受け入れられる、受け入れてもらえる佐古という存在に。
僕だって、先輩に思ってもらっているのに。
「椿、あいつ・・・」
森岡がまだ話しを続けようとするのを、僕は部屋から出る事で遮った。森岡に何を言われた所で薮内先輩との今の関係を無くすつもりははかったからだ。
あの屋上で。
救ってくれたのは薮内先輩だったから。
廊下を歩いていると、視線を感じる。何を言いたいのかは大体予想が付く事だから、出来るだけ目をあわせないように、話しかけられにくい雰囲気を出して目的の場所へ向かう。
談話室、と書かれたそこは来慣れた場所となっていた。薮内先輩は自室へ僕を誘うよりもこの場所へと誘う事が多かったから。
「田嶋」
談話室へ入ろうとするところへ、また声を掛けられ振り向いた。
「瀬川・・・」
その後ろには相川の姿が見えた。少し遅めの夕食を終えたという所だろうか。
「よう、田嶋。談話室なんて使ってんだな。俺未だに入った事さえないよ」
「・・・うん、使う人って限られてるというか、僕もここではあまり生徒見ないよ」
当たり障りの無いように、聞かれた事だけ答えていても、瀬川の後ろから向けられる視線が痛かった。こういった視線が苦手で、目の前の扉の向こうに逃げ場所ともいえる薮内先輩が待っているんだと思うと、早くこの場を終えたかった。
「じゃぁ、」
一言、瀬川に断りを入れて、談話室の扉を開くと窓際で携帯をいじっていた薮内先輩が視線を上げた。にっこりと笑う先輩に体中の力が抜けるような気分だった。
そんな姿を見た瀬川が僕に話しかけようと口を開いたけど同時に「帰るよ、皓!」と相川が瀬川を引っ張るように去っていった。瀬川も薮内先輩と僕の関係が気になったというところだろうか・・・。
付き合っているわけじゃないと答えるたびに感じる罪悪感。先輩は僕との関係を聞かれて、なんと答えているのだろう。
「遅かったね」
「森岡に捕まって・・・」
間を置いて「そう」とだけ答えると先輩は僕の手を取って空いた隣の席に促されるまま腰を掛けた。談話室に人が居ない事を良い事に、ずっと手を握り合ったままその日は過ごした。
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