僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
18
「せ、せんぱ・・・っ、は」
息を切らしているのは先輩も同じだった。壁にもたれるように立って、周りを見渡している。
「補導員っぽかった、本当にいるんだな、ああいうの。まぁ制服だから仕方ないか・・・駅前外せばよかったかな、って言っても他に遊べる所なんてこの辺ねぇしな」
「ほ、補導員・・・」
独り言のように呟く先輩を見上げた。先輩の言い方に相手が補導員という確信はなさそうだったけど、捕まるよりも先に逃げろという所だろうか。
「疲れたろ、椿ちゃん。全力疾走ご苦労様」
にっこり笑う先輩は本当に楽しそうで。そんな僕もこんな経験が初めてで、そして久々の全力疾走に清清しさまで覚えた。
なかなか整わない息に、お互い目を合わせて笑った。
「やっぱ、笑ってるほうがいい」
「え?」
「あんまり笑わないだろ?・・・それともわざと笑わないようにしてるとか?」
まさか。わざと笑わない人なんて居るわけない。面白くないから、楽しくないから笑わないだけだ。
「そんな、わざととかじゃなくって・・・」
「これからはさ、楽しく行こうぜ?俺の隣で笑ってなよ。椿ちゃん。・・・・あ、これも告白のうちね?」
「こ、告白っ・・・・」
「だって、まだ付き合ってるわけじゃないだろ?傍に居てくれるってだけで・・・。それって、すっげー目の前でお預け食らってるようなもんなんだから。きついよ、俺」
時折見せる、先輩の苦しいような切ないような表情はそういった意味なの?
「あ、あそこで良いか」
そんな会話を振り切るようにまた僕の腕を取って移動しようとする先輩。その先にはファミレス。
「先輩っ、また補導員とか来ませんか!?」
ファミレスなんて、学校に通報されそうなもんなのに。ガラス張りで中を覗きやすい店なんて補導員にだって見つかりやすいように思う。
「大丈夫大丈夫、まぁ補導員が店で飯食ってんなら話は別だけど、このファミレスいつも使ってるから店の人も大目に見てくれるはず」
「はず・・・って!」
引きずられるように入った店内は昼食時間を少し過ぎていたせいと、平日ということで空いていた。窓際の広いテーブルに案内されると、先輩は僕にデザートメニューを差し出した。
「ん?あぁ、普通に腹減ってる?ならこっちのメニュー・・・。・・・・椿ちゃん、そんなドキドキしなくても、しばらくすれば学校終わった他校生とかもウロウロし始めるし安心しな?」
面白そうに僕を見て笑う先輩は普通に空腹だったらしくハンバーグセットを注文して、僕はプリンパフェを先輩の押しによって注文する事になった。
特大パフェは無いけど、一番大きなパフェを注文しよう、って事らしい。
「椿ちゃんって甘党なんだ」
「あ・・・はい、多分。」
「多分って・・・それだけのパフェ平らげるんだから甘党だろう。俺も食べれなくはないけどさ、さすがにその量は無理だわ」
ハンバーグを食べ終えた先輩は、あと少しで完食となるパフェと僕を交互に見つめながら、一口食べるたびに何味のアイス?とか、まだ食えるの?とか聞いてくる。食べたいのかと勧めてみても断られて、見ているだけで甘い物はもう良いって思えるらしく、食後のコーヒーもブラックで飲んでいた。
「楽しい?椿ちゃん」
「・・・・はい、すごく」
上手く、笑えたかな?
笑ったほうが良いといってくれるのなら、それで応えたかった。それくらい楽しい時間を貰っていた。一度会長と食べたランチも楽しかったけど、会長の存在に緊張もしていたから。
今日はショッピングセンターを回りながらも先輩は自分の知っている事なら何でも口にした。以前友達と来た時に自分だけはぐれてそのまま何も言わず帰宅した、とか、あの店舗の店員が可愛いくて、何曜日が休みだとか。本当にくだらないと言ってしまえるような事をたくさん。
それが僕は嬉しくて。
今も、こうやって食事をしていても常に何か話しかけてくれて、僕が答えなくても先輩は“僕に”向けて話をしてくれる。
今まで、欲しくて仕方なかったから。
家では寮に入っていた兄、仕事で忙しい両親、夕食を作ってしまえば帰ってしまう家政婦、と殆ど一人で食事をしていた。中学校でも友達と居たって僕はその会話の中に居ても居なくても一緒だった。
こんな時間を会話を与えてくれる先輩は本当に僕の事を考えていてくれてるんだと思うと、先輩の告白を信じられないで居る僕は先輩に酷い事をしているんだろう。
先輩に、応えてもいいのだろうか、応える事ができるだろうか・・・。
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