僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
17
「せ、先輩っ・・・!どこ行くんですか」
「サボるんならこんな箱の中じゃもったいないだろ。折角、椿ちゃんと近くなれたんだ」
「そ、そんな」
「とりあえず俺の傍にいてくれるんだろ?だから、さ」
「だから・・・って先輩!」
屋上から引きずられるように階段を下りて、まだ授業が始まったばかりの校舎から外へ出た。
なかなか来ないバスを待っている間も、先輩は終始笑顔で、僕が先輩を受け入れた事がこんなにも喜んでもらえる事なんだと思うとなんだか胸が温かくなっていく。
「どこ、行くんですか?」
「ん?デート。前は一緒にバス乗っただけで終わったし、今日はゆっくりデートしよう」
「・・・デート」
繋がれた手は学校を出る時からずっとそのままで、やってきたバスに乗り込んでからも離される事がなかった。
「あの時と一緒だな。・・・・あの時もこうやって手を握ってた。・・・まぁ椿ちゃんは拒否してたか」
初めて薮内先輩とバスに乗った日。
面識のない人に握られた手を解こうとして逆に握り込まれた。今だって、本当は振りほどきたいくらい恥ずかしいけど、薮内先輩の隣にいるという事を承諾した手前、振りほどく事を戸惑ってしまう。
先輩の指先が、僕の指先を撫でていく。
「―――・・・。椿ちゃん何か食べたいもんとかある?」
「え、・・・えぇっと、・・・甘い、の?」
違う。
先輩は今そんな事を言いたかったんじゃないはず。一瞬ためらったように見えたのは・・僕の気のせいだろうか。
「先輩?」
問いかけるように呼んでみても、先輩はもう普通の先輩に戻っていた。また僕の指先をもてあそびながら「特大パフェの店を知っているから挑戦しよう」と視線を前に向けて言うだけだった。
バスが向かったのはやっぱりというか、一番栄えている駅前。
駅前のショッピングセンターをぶらぶらして、ゲームセンターに入った。
さすがに制服を着ている人は居なかったけど、いかにもサボって遊びに来ているような私服の同年代の人たちが居た。
「ゲーセン、初めてって事は無いよな?」
「はい。何度か地元で行った事あります・・・」
楽しかったけど、思い返せば苦い思い出にしかならない。遊びに夢中になって、財布の中身が空になったからお金を貸してくれと友達に言われて・・・何度も貸したけど一度も返って来なかった。
忘れているだけだと思ってみたり、次は必ず、と言われてはお金を出したり。ゲームをしても下手くそな僕は友達のプレイを横で見たりするだけで、結局楽しい思い出は無いんだけど。
「椿ちゃん、これやろう」
先輩が指差したのはガンシューティングゲーム。
「え!僕ゲームとかヘタなんですけど・・・」
「ヘタで良いじゃん、上手いと逆に面白くないって」
てっきり先輩が遊ぶのを僕は横で見るだけだと思い込んでいた。手渡された大きめのガン、そして入れられる二人分のお金。
「せ、先輩ッ」
「ほら始まるから」
先輩は慣れた手つきでガンを構えた。激しい音で始まったゲームはどんどん出てくるゾンビを倒していくだけのものだったのだけど、僕の打つ弾は全く当たらず、当たっても急所を外すのでなかなか倒す事ができないで、先輩の足を引っ張るだけだった。
「わぁ、・・・わぁぁ・・・」
足を引っ張っていると思うとますます弾が当たらなくなっていく。汗だくになりながら必死に狙いを定めていると、すぐ傍でシャッター音が響いた。
「・・・、・・・・せ、先輩っ!!」
自分のゲームそっちのけで携帯カメラを僕に向けている先輩がそこに居た。
「いや、椿ちゃんの必死の形相が凄くって、つい」
「つ、つい・・・って先輩っ!」
「あぁ、ほら死んじゃうよ?」
振り向いて見た頃にはライフを使い果たして、ゲームオーバーの文字が仮面一杯に広がっていた。
「も、先輩それ消してくださいっ」
保存したのだろう、ニヤニヤと笑いながら携帯をポケットにしまい込もうとする先輩から何とか携帯を奪おうかと言う所だった。
「君達、ちょっと良いか」
そんな声に振り向こうとしたのと、先輩が僕の腕を掴むのとは同時だった。
「え、え、――!」
先輩に腕を引かれて走り出す瞬間、先輩の「逃げるぞ」と言う声。訳も分からず、ゲームセンターを飛び出るとあえて人ごみの中を走り抜けていく。
どのくらい走ったのか、角を何度も曲がり賑わうショッピングセンターとちょうど駅をはさんで反対側まで逃げてきた頃、やっと先輩が立ち止まった。
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