僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
16
佐古を抱きかかえて去っていく森岡、会長の片腕でお互いを知り尽くすほど共に育ってきた戸口先輩。
思いやる気持、誰かを想う心
そんなのを目の当たりにして、僕は・・・
「椿ちゃん、」
見渡す限りの青はまだ僕に近い存在だった。その青から視線を逸らす事も、流れた涙を拭う事も出来ないで、僕は変わらず屋上に横になっていた。
先輩の、指先が僕の頬を拭ってくれて、その指先さえも優しくて。
「椿ちゃん、何があった」
何があった?
・・・・何もなかった。何も、起こってなんかない。初めから何も変わった事なんてなかった。
痛めつけられる事も、気に入られない事も、邪魔な存在だってことも、誰の目にも・・・留まらない事も。以前のままだ。
「何も・・・」
ただ、先輩の言葉に涙が溢れただけで・・・ただ、先輩の言葉で僕は救われた気になったんだ。
「何もなくて、そんな風には泣けないだろ」
「先輩、僕・・・・」
コクリと、喉がなる。
「椿ちゃん、俺にそんな姿の椿ちゃん見せて、気にするなってのは無理だ」
その好意に甘えるだけの価値が僕にはない。先輩もその事にいつか気付いてしまうかもしれない。
父さんや、母さんや、兄さん達のように、不器用で使い物にならない僕を見て・・・先輩をガッカリさせてしまうかもしれない。
「椿ちゃん、守ってやるよ」
先輩の唇が、そっと頬に触れた。風が頬を撫でていくのと変わらないくらい、そっと。
「先輩・・・っ」
先輩、僕なんかのどこが良いの。何も面白くもない、友達だって居ない、そんなつまらない人間になぜそんなにまで言い寄る事が出来るの。
「じゃぁ、言い方を変えるよ。
・・・俺が椿ちゃんに傍に居て欲しい。ただ傍に、隣にいるだけでいいから。俺の願い・・・聞いてくんない?」
「・・・僕じゃなくても先輩の周りには、」
「・・・・、いないよ。誰もいないんだ。・・・だから、椿ちゃんに居て欲しい」
そんなの、絶対嘘だ。でも、先輩の瞳が揺れたように見えて、何も言えなくなってしまった。
「僕で・・・役に立つんですか?」
「“椿ちゃん”にお願いしてるんだよ」
たっぷり時間を置いて
「・・・僕でよければ、」
そう答えると先輩は、僕の腕を取り起こしてくれる。僕の視界から空の青が切り離され、目の前には先輩の笑顔があった。
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