僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
15






 食堂を出て長い廊下を歩き、一度自室に戻るとカバンを抱えて学校へ向かった。


 戸口先輩の最後に見た強い瞳が忘れられない。
 綺麗な瞳をした、日頃は優しい視線を送る先輩の瞳の奥に揺るぎない心を見た。それだけ想える事に尊敬もしたし、羨ましくもあった。


 ・・・会長が僕のことを?

 そんなこと、あるわけない。あれほど魅力的な人が傍に居るのに。小さい頃から一緒ならばとっくに心を許しあった二人だろう。僕となら自分らしく居れると言った会長。それはやっぱり物珍しいだけの話なんだ。

 物珍しいだけでも、そう言ってもらえる事だけで僕は凄く幸せな人間で、きっと会長ファンにばれたりしたらとんでもない事になるのは間違いないだろうし。

 出来る事なら、その気持を受け取りたい。

 僕が会長の傍に居て、会長が居心地がいいと、僕が傍に居る事を許してくれるのなら傍に居たいと心底思う。

 でも相手は会長だ。

 そうなった時、僕が思うがまま動いてしまったら・・・、

 ファンからはバッシングされるだろうし、戸口先輩は会長の前から僕を・・・排除するだろう。

 そういうことだ。



 靴を履きかえて、教室に向かう為に階段を上がる。

 僕の隣で靴を履き替えていたのはクラスメイト。僕がもたついている間に、また違うクラスメイトが靴を履き替えるために手を伸ばす。
 伸びてきた手を横目で見て、そして誰かを確認するように顔を見ても、僕と視線が交わる事はなかった。誰とも目が合わなかった。

 階段を上がっていても、教室を前にしてもそれは同じ。このまま教室に入って、席に着いて、授業が始まって、そして終わって・・・寮に帰って、また明日を迎えても。
 きっと同じ。誰とも視線が合うことはないだろう。


 ほら、こうやって教室を素通りしている僕を不思議に思う者も気に止めるヤツも・・・一人も居ない。













 いつも一人で昼食を取る屋上は、さすがに朝一番から人が居るわけでもなくて、だだっ広い屋上を、独り占め。

「独り占め・・・ふふっ」

 広い、広い屋上のど真ん中で、大の字になって寝転がった。伸びた背中が気持ち良くて、青い空をこの瞬間独り占めしているんだと思うと心地よかった。



 空気のように、存在のない僕は

 ・・・・空に近いだろうか。



 目の奥がギュゥっと痛んで、ジワリと湧いてくるモノはこぼれる事はしないで、ただ瞳を潤す程度だった。

 泣いたって、無駄。
 声出したって、無駄。
 


 今、空に一番近いって・・・言ってくれたら、迷わずこの空に飛び込むのに。









「椿ちゃん」

 逆光で黒い影になったその人が目の前の空を遮った。

 “椿ちゃん”そう、僕の事を呼ぶのはあの人しか居なくって、ちゃんと姿も見えていないのに、僕は反射的に答えた。


「薮内、せんぱ・・・」

「椿ちゃんまじめっ子なのにサボったりするんだ?」


 まじめっ子なんかじゃないです。実は結構サボってるんですよ。




「先輩、僕って・・・空に近かったりしますか?」


「椿ちゃん?」

「僕、空に近くないですかね?」















「椿ちゃんは、俺に近いよ








 なんちゃって!・・・口説き文句にはいまいち・・・、あ、」

 

 まだ、枯れてなかった。

 まだ、溢れるほどの涙の存在が

 僕の中にあった。


「つ、椿ちゃん・・・!え、俺気持ち悪かった?いや、近づいて欲しいなってそういう願望で・・・」


「せ、ぱっ・・・、先輩・・・、」


 ごめんなさい、って少しだけ泣いた。



 ・・・泣いて、ごめんなさい。







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