僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
14






 先輩は僕と同じようなメニューの乗っているトレイを目の前席に置いて「良い?」と聞くと、僕が頷くのを確認してから椅子を引いた。


「何か・・・落ち込んでる?」

「・・・そんな風に見えますか?」



 少し困ったような顔をして、先輩はなんとなくね。と呟くと、それからは静かに食事を始めるだけだった。


 お互い黙々と食べ続け、戸口先輩が先に食べ終わった頃にまだ僕は半分ほど残っていて、食後のコーヒーを飲みながら、戸口先輩がやっと口を開いた。


「以前仕事手伝ってくれてありがとう」

「え?」

「ほら、ちゃんとお礼言えてなかったし、僕もあの時はバタバタしてたからね」

 GWでの帰省で少し早めに仕事を切り上げた戸口先輩。あの時の気持が蘇ってきて、どんな表情をすればいいのかさえ分からなくなった。


「僕に気を使わなくて良いよ。僕の事が苦手なら、顔に出せばいいから」

「そんなこと・・・」




「田嶋、僕は・・・・僕はね、」

 しっかりと僕と視線を合わせていた戸口先輩が、視線を窓の外へ向けた。


「小さい頃から、父の姿を見て育ってきたんだ。仕える者がどう動くべきか、今何のために動くべきが。優先する事は何か・・・。仕事モードの入っている父は自分にも周りにも厳しかったよ。
そんな父が仕えているのは会長のお父さんでね」

 戸口先輩のお父さんが、会長のお父さんの秘書をやっていると言うことは、以前会長から聞いた事のある話しだった。


「会長のお父さんは自分の親が建てた会社を継げばいいものを、あえて自分で新たに会社を建ててね、その二つの会社に連携を持たせて大きなモノにしたんだ。
楽が出来る環境だったのにあえて、大変な方を選んだ」

 すごい人なんだ。と口をつく戸口先輩は未だ窓の外を見たままで、僕の方に視線をよこすことはなかった。

 そして、そんなすごい父を持つ会長。人の上に立つ会長を作り上げたのは、生まれ持っての気質と置かれた環境なのだろう。


「父はね・・・そんな織田社長を尊敬して社長の為なら、会社の為なら、という考えでね、家庭をかえりみない人なんだ」

 シクリと胸が軋む気がしたのはきっと戸口先輩のお父さんと、自分の父を重ねてしまったから。そして見つめてもらえない者の気持を・・・知ってるから。


「でも・・・僕は尊敬しててね、そんな父を。そこまで尽くせる人が居るということ、そして織田社長も」


 再び、僕に向けられた視線は揺るぎそうにない、強い意志の表れ。


「僕の将来は決まっているようなものだ。社長の後を継ぐ、織田遥人・・・彼の右腕。彼を支えて生きていく。それしか考えられないし、それしかないんだよ。

 彼にとって、不利になるような事は、僕が全て排除していく―・・・僕が彼を護っていく」


 不利になるようなこと・・・


「高校生で何を言ってるんだ、って思うだろう?でもね、そうやって今まで・・・そんな事ばかり考えて生きてきていたから、そんな生き方しか出来なくなっているのかもね・・・きっと、僕の父も同じなんだ・・・」

「・・・戸口、先輩?」


「何が言いたいかって言うとね、会長は・・・君と近い存在で居たいと・・・思ってるみたいなんだ。あぁ、これはあくまでも僕の推測でしかないんだけど。でも会長にそういう存在――君の存在が・・・

 いや、田嶋、君にも迷惑が掛かるのは必至だ。そして会長にとってもいずれ君の存在が弱点となる」


 戸口先輩は気付いていないだけで、会長の事を


「僕は、そうなった時・・・君を排除しにかかるだろう」


 きっと・・・・




「・・・・僕から、会長に近づくことなんてないですよ」

 冷め切ったオムレツをフォークで小さく切っていく、それは口に運ばれることはないだろう。ただ、何か手を動かしていないと落ち着かなくて。

「君がそうでもね、会長が・・・」


“田嶋と居ると俺も自分らしく居れる”

 そう僕に向かって言った会長の姿が、とても昔のことのようだった。


「・・・・ごめん。・・・こんなことを言うつもりで田嶋の前に座ったわけじゃないのに。気分を害したよね」

 さっきまでの強い視線はすでに緩まっていた。少し悲しそうに笑う戸口先輩の表情は、僕に向けたものじゃなくて、きっと複雑な気持と自分の置かれた立場からの表れなんじゃないだろうか。


「ごめんね」


 また謝まって席を立つ先輩に、かける言葉なんて見つからなかった。






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