僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
12





 
 身体を起こすと、ぐっしょりと汗で濡れた身体が不快で、またシャワーを浴びに部屋を出た。部屋に戻ってきて、一番にシャワーを浴びた所だったのに。

 洗面所はいつもと何も変わらないのに、その鏡を見ることが出来なかった。きっと、さっきの夢のせい。服を脱ぎ捨てて、熱いシャワーを頭から被ると、ボディーソープを何度も取り、あわ立てて身体を洗う。

 いくらたくさんの泡を使って身体を洗ったって、まださっきの泥がついているような気がして。

 何度体を擦ってみても、先輩の腕がまだ僕の身体を掴んでいる気がして。


「―――っ」


 これくらい、どうってことない・・・そう思い込んでみたって・・・・慣れる事はできても、感じた恐怖までなかったことになんかできない。

 捕まれて、押し倒された恐怖を・・・・

 僕だけじゃない、佐古だって同じ思いだ。きっと彼の方が日頃からこんな体験しているに違いない。

 あの時、佐古の事を一瞬でも、森岡に抱え上げられている佐古を・・・羨ましいだなんて思ってしまった自分に酷く嫌気がさした。

 佐古は意識を飛ばしていたのだから、当たり前のことなのに。

 そして、誰かの手を求める自分も、滑稽だった。


「・・・今更、だよ」

 求める事さえも許されなかった僕が、どうやって?どうすればいいかも分からない。ただ羨む事しか出来ないのに。


 “欲しがっているのはこれだろ?”


「う・・・ぁ」

 欲しいよ、欲しい

 それじゃない、そんなのじゃない

 でも、僕には・・・



 タイルに叩き付けた腕からは、痛みなんて何も感じなかった。ただ、流れる血の色だけは鮮やかだった。
















「大丈夫か?」

「ふぇ、・・・・え?森岡」

「何ボーっと突っ立ってんの。風呂空いてるならいい?」

 森岡の手には着替え。

「あ。うん、どうぞ」

「鏡と睨めっこでもしてたのか」

「そんなんじゃ・・・ないけど」

 どれくらい、洗面所でボーっとしてたのだろうか。全く記憶がない。どうやって風呂から上がったのか、いつの間に着替えたのか・・・。

 そして、なぜ森岡が居るのか。

「森岡・・・なんでここに居るの」

「はぁ?」

「帰ってこないって・・・」

「俺の部屋はここだろうが。それとも俺が居ちゃなんか迷惑なのか?」

「え?う、ううん、そんな事ない」

 あれ?どこからが夢なんだろう。

 もしかしたら、今がまだ夢の中かもしれない。森岡が部屋に戻ってきたなんて・・・そんな事、期待しちゃいけない。

「椿、この手どうした。さっきの奴等にやられたのか」

「!」

 洗面所を出ようとしたところで、後ろから森岡に腕を取られて、反射的に振り払った。

「・・・っ、あ。ご、ごめん・・・」

「椿?」

「な、なんだろうね、これ。けど痛くないし・・・大丈夫だと思う」

「痛くないって、血出てるぞ」

「うん・・・地面で擦りむいたのかな?わかんないや」

「他に怪我は?」

「ないと思う」

 血の滲む自分の手を見つめながら答えると、森岡からため息が聞こえた。

「大して力もないのに人助けなんて考えるなよ」

「・・・・そだね」

「拓深には・・・しばらく付いていようと思ってる。先輩達もそんな直ぐには仕掛けてこねーだろうけど、な。それに、アイツも参ってるみたいで・・・」

「・・・・そう」

「椿、お前は・・・大丈夫なのか?」


“お前は大丈夫だろう?”


「うん、ダイジョウブ」







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