僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
11








 目の前に森岡が立っていた。



「・・・森岡?」

 振り向いた森岡はいつもと変わらない表情で、でもその腕には佐古が抱えられていて、どうやらまだ意識を失ったままのようだった。

「椿か・・・」

「どうしたの?部屋に・・・入らないの」

「あぁ。拓深がこんなんだから、ついてやろうと思って・・・だから、俺当分この部屋には帰ってこねぇ・・・」


「え?・・・あ、そう。・・・そうなんだ」


「椿、お前は大丈夫だろう?」


「うん、ダイジョウブ」


「ジャア、ナ・・・」


 そう言った森岡の顔は、どんな顔だったっけ

 髪の毛の色だけはしっかりと見えるのに、森岡の顔が見えなかった。
 一体どんな目で僕と会話をしているの?いったい、どんな唇が言葉を発しているの?

 凝視しているにも関わらず、全く森岡の顔は見えなかった。僕の目には映らなかった。


 廊下を去っていく森岡の後姿を見ながら、扉を開くと、薄暗い部屋の中を通って自室に入った。ベッドに腰掛けると、引き裂かれた泥だらけのシャツを脱ごうとした所で、肩を叩かれて振り返る。

「え?」

 誰も部屋には入れていないのに


「よう、さっきの続きシヨウヨ」

 ニヤリと笑った口元だけがはっきりとそこにあって、その他の顔のパーツは見えなかった。それでも。僕の肩に手を置いて、そしてまだ後ろから伸びてくる手は紛れもなくさっきの先輩達。

「・・・・い、や」

「邪魔者も居なくなったしな」

「・・・・やだ、離して・・・」


「声出したって誰も来ないんだろう?声出したところで、無駄なんだろう?」


 佐古には、森岡が。


「やめて、やめて!痛い、よ」


 何度振り払っても伸びてくる腕。


「うるさいわねっ!黙りなさいっ騒いだって無駄なんだから」

 投げつけられる、木の玩具。


「何の可愛気もない子だね・・・世話する気にもなれないわ」

 腕をつかまれ、叩きつけられる。


「少しくらい笑って見せなさいよっ。出来ないのなら泣いて見せたらどうなの」

 押し付けられる、煙草。



「・・・愛想くらい振りまけないのか」

 父、さん・・・。


「知ってるか、お前の名前、女の子が生まれてくるって言われてたから母さんが楽しみに考えてたんだ」

 ・・・兄さん。



「 お前の・・・欲しがっているのはこれだろ? 」

 払っても、払っても、伸びてくる先輩達の手。捕まれるたびに恐怖を感じて、また払う。
 
 その繰り返し・・・



「・・・・っ、あ」

 息が詰まって、目が覚めた。

 真っ暗な天井を見上げながら、大きく息を吸うと喉が痛くて、しばらく肺に溜めた空気を吐き出すと、息が震えていた。





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