僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
07








 本を片手に持ち、静かな階段を登っていく。

きっと今日もこの校舎に足を踏み入れている生徒は少ないのだろう。


 扉を開くとまたカウンターにうつ伏せている委員会の人が。この間と何一つ変わらない情景が広がっていて、そのカウンターの前に立つと手にしていた本をそっと差し出した。


「すいません、返却したいんですけど…」

 手にしていたのはこの前図書室から借りて帰った本。今日は返却する為に足を運んだ。
 目の前で寝ていた人はむっくりと起き上がると面倒くさそうにパソコンの画面を操作し始める。今日は僕の他にも数名が本を借りに来ているようで、机の上にはいくらかの荷物が置かれていた。

 係りの人から返却の手続きが済んだことを教えてもらうと、奥の本棚へと足を運ぶ。

 この前来た時に借りようか悩んでいた本はなんだっただろうか、と記憶を辿りつつ背表紙を見つめながら指を這わしていく。
 
 本のインクの香りが落ち着いて、開いた窓から吹き込む風が心地よかった。
 端まで歩いたところで、風に揺れるカーテンに目を奪われて、思い出すのはここで交わした・・・先輩とのキス。

 窓際にある本棚は腰の高さほどしかなくて、そこに手を副えて、視界を外に向けた。あの時、たまたま視界の隅に写った先輩の姿。
 それを僕が見つけなかったら、ここでの先輩との会話は無かっただろう。図書室に足を運んだ時の偶然の出来事・・・。


 いっそのこと、先輩の胸に飛び込むことが出来たなら。どれだけ楽だろうか。
 だけどこんな不確かな感情でそんな無責任な行動を起こすことなんて・・・・先輩の気持を裏切ることになるんじゃないか?先輩として頼りにさせてもらったとしても、交わしたキスの事実がある限り中途半端な関係のままのような気がして仕方がない。

 なら、ちゃんとこの感情を伝えて、諦めてもらうしかない?

 折角伸ばしてもらった手を

 僕は振り払うことができる?



「・・・・」


 ため息をつきながら、外の木々に視線をめぐらしていると、茂った植木の奥で動く生徒の姿がかすかに見えた。

 少し位置をずらして、目を凝らすと3名の生徒が何かを追い込むように立っていた。その中心には佐古の姿が…。見るからに良い雰囲気じゃない事が伺えた。

 一人に腕を掴まれた佐古がひどく抵抗して振り払う。するとまた別の一人が佐古に手をのばして…。

 絡む生徒に見覚えがあった。街に下りたときに駅前で佐古に声をかけていた先輩だ。

また―…


ここで見てみぬふりをするべきなのか、という問い掛けが一瞬過ぎった。また助けたところで迷惑がられでもしたら…

…いや、今回は佐古も本当に困っているんじゃ…


佐古を見下ろし、悶々としていたのに、次の瞬間そんな考えは吹き飛んで、僕は図書室を飛び出していた。





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