僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
06
しばらく外に居て、時間を見計らい・・・ってのは佐古が部屋から出ているだろうと予測して、というところで。
でもいざ寮へ入ったは良いがなかなか足は自室へとは向かなかった。
結局時間を掛けてのそのそと向かった先は食堂横の談話室だった。
誰も居ないだろうと、そう思い込んで踏み込んだ先に一人携帯を片手にぼんやりと窓から暗い外を見つめている人物が居た。
今、会いたいようで会いたくない人物だった。
「や、ぶうち・・・先輩?」
僕の声に反応して振り向いたのは紛れもなく薮内先輩。
「椿ちゃん・・・会いに来てくれたんだ?」
へろっと笑った先輩は、直ぐに自分の隣に椅子を引き出し僕を促す。
初めてこの談話室に誘ってくれたのも薮内先輩だった。
一年生は自室にこもることが多かったりして談話室に足を踏み入れる者は居なかった。そんな中、薮内先輩は自室で過ごすよりも談話室で過ごすことが多いらしく、夜の談話室には決まった人間しか顔を出さないと言っていた。
確かに談話室、なんて名目だけど皆個々の部屋で会話をした方が気楽だろうと思う。談話室と言うのはちょっとした部活の会議だとかを寮でも行えるように、なんて理由も含めての多目的ルームだった。
いつからか誰かの持ち込んだ雑誌や漫画なんかが置かれ始めて、その管理や掃除も寮の管理人がやっているらしい。
「薮内先輩だけなんですね、ここに居るの」
笑いながらそう言えば、薮内先輩も笑って答えてくれる。
「最近俺しか居ない。皆部屋にばっかこもってさ、こうやって出会いもあるのに勿体ねーの。」
先輩の指が僕のネクタイを弄る。
「椿ちゃん・・・制服なのな?どっか行ってた?服・・・冷えてるし。」
「え、あー・・・涼みに?」
「そんなに?確かにここんところ暑いけどなぁ」
僕の制服姿に、冷えたブレザーに疑問を持ってくれる薮内先輩。それだけ僕に関心があるって・・・思ってしまっていいのだろうか。
少しの隙間に、薮内先輩が入り込むようで・・・戸惑い、必死になって受け入れまいとする僕は一体何が自然体なんだろうか。
薮内先輩の告白に答えるにはまだ、何かが僕の中に足りなくて。
薮内先輩に頼ってしまいたいという気持がどんどん強くなっていく中、それが“好き”ということなのかは僕にも判らない。きっと違うと思うのだけど・・・。
好きって、どんな感情なのだろうか。
好かれるということにもいまいち実感なんか湧いていなくて。
「椿ちゃん?」
「あ、はい?」
「なんか悩み事?黙り込んで・・・何かあった?」
ただ、僕のことを気に掛けてくれることが嬉しくて。
「僕・・・先輩の事、好きなのかどうなのか・・・分からなくって。でも・・・」
今は先輩だけだから。
僕が頼れるって、頼っていいのかなって、思えるのは。
履き違えだと言われればそれまでだけど。
「始めてみる気になったりした?」
「始めて・・・みる?」
「そう、出会って少ししか経ってないし、俺からの告白だし戸惑うのは当たり前だと思う。始めてみて、違うって思ったら言ってくれれば良い。俺をその時振ってくれれば良いよ。」
「そんな・・・・」
「まぁ、急がないでさ。少しでも始めてみようかって、付き合ってみようかって思ったらで良いから。今は無理する必要ないって。」
初めてではないだろうか。
これほどまでのやさしさを、僕に選択を与えてくれた人は。
「あ、りがとうございます・・・先輩」
もっと、何か気の効いたこと言えたら良かったのに、感謝の気持でいっぱいでそんなセリフしか出なかった。
その後も先輩と会話をしているうちに僕の気持も落ち着いて、日付が変わろうとするギリギリに自室に戻った。佐古がいるのかいないのかは分からなかったけど、閉ざされた森岡の部屋は静かなものだった。
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