僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
05






 日の暮れた外はなんとなく夏の匂いをまとっていて。しんと静まった世界に僕の息だけが異様に響くようだった。

 寮を勢いで出てしまったものの行く所なんて無くて、寮の入り口脇を少し入った所にある石の上に腰を下ろした。

 少し奥まった感じになるその場所は、帰宅する生徒が気に止めない限りは気付きもしないだろう場所で。ひんやりとした石の肌触りと共に、冷静になれと自分に言い聞かせる。



 やはり、森岡の言葉なんか信じられるわけも無い。

 森岡が他にも何名かの人間を抱いている事は移り香からなんとなく分かっていても、佐古が一番近いことは確かだ。僕なんてのはあくまでもルームメイトだから近いけど実際部屋が違えば森岡とはなんのかかわりさえも無いのだろう。
 クラスメイトだと言っても関わることなんて・・・きっと無い。

 だから、森岡が薮内先輩の事に対して忠告めいたことをしてくるのはただの気まぐれだろう。気に食わない人間に手の内の一つを取られるとでも思っているのだろうか。


 僕にそこまでの価値なんて・・・ない。


 同じ部屋で過ごすことに、特別な“何か”を期待したのは僕だけだったということ。


「田嶋?」


 声を掛けられた方を見上げれば、そこに瀬川と相川が立っていた。

 驚いた表情をしていることから相川は瀬川が僕に声をかけて初めて僕の存在に気付いた様だった。


 薄暗い中でも瀬川の赤い髪は自己主張をするかのように目立っていた。目を合わせる、というよりも僕はその髪の色をじっと見つめていたのだけど。

「今・・・帰りなの?」

「あぁ、部活でもしようかと思ってな。田嶋はなんか入らないのか?」

「・・・・特に、考えてないよ。僕は不器用だから、ね。」

「つーか、んなトコで何してんの?」


 チラチラ、と視界に入る相川の視線を感じて、早く話しを切り上げてくれないか・・・なんて思ってしまう。逃げるようにここへ来たのに、結局ここからも逃げることになりそうで。

 そうなれば、どこへ行こうか・・・なんて、靴のつま先に付いた汚れを見ながらぼんやり考えた。


「田嶋?」

「あ、あぁ。ちょっと・・・・人を待ってて。」


 嘘だけど。

 そう言えばすぐに去ってくれるだろうか。

 気にかけてくれる瀬川が嬉しくも、申し訳なくも思う。いや―・・・申し訳ないのは相川に、なのかも。

 どちらにしろ瀬川にも僕の入る隙間が与えられている訳でもなく。


 そういったものに慣れているつもりだけれど・・・。

 つもりだけれど・・・・。

 これだけ学校に人間が居て、これだけ僕の周りに人が居るのに。
 少しも僕と繋がる事が無いのだと思うと、いっそのことずっと逃げ続けてしまうべきなのだろうかと思ってしまう。

 いや、何度も諦めて・・・

 ずっと逃げ続けてきて・・・・



 ここに来たのに。




「こんなところで?」

「皓!早くご飯食べようよ。お腹空いて仕方ないってば。田嶋も人待ちだって言うんだから邪魔になっちゃうって・・・。」

 あぁ、と一瞬相川に視線を送る瀬川がまた僕に視線を戻す頃には、僕は微笑んで瀬川を見送る視線を送った。
それに気付いてくれたのかどうなのかは分からないが、直ぐに瀬川は相川と寮内へ消えていった。

 二人の姿が完全に消えたところで膝の上に組んだ腕にうつ伏した。

 静かに、声を息を潜めて
 誰にも見つからないように、と。





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