僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
04





 風に舞うカーテンの音に我にかえって、薮内先輩の胸を押し返した。

「・・・・。」

「あ、ごめん。つい・・・」

 至って平常な先輩を見つめる。
 先輩の手は未だ僕から離れようとせず、むしろ力がこもったようだった。


「先輩・・・、なんでキス、するんですか」

「好きだから」


 即答されたその言葉はバス停で先輩に声をかけられてから、ずっと渦巻いて、考えて、それでも信じる事の出来ない言葉。

 僕はこの言葉を心底欲しがっているはずなのに・・・。


「もっと触れたい、とか思ってる。本当は椿ちゃんの返事貰わないといけないけど、その前に襲っちゃいそ・・・」


 ピクリと反応した僕の指先に気付いて、ごめんごめん、と手を離した先輩。

 “何かあったら俺に言え”そんな台詞を言った森岡は僕を襲った人間だった。
 そんな彼から先輩に対して言われた言葉に矛盾を感じて・・・むしろ先輩は僕の事を好きだと言ってくれるのに。

 そこに心があるのに。



「先輩・・・、返事もう少し待ってもらっていいですか?」

 勿体振っている訳じゃない。
 僕なんかが先輩に釣り合う訳でもない。
 けれど返事によっては一番近くにいてくれる存在になってくれるんではないかと、甘い、甘い、考えが過ぎった。

 だから、ゆっくり考えたい。
 森岡の言葉の意味も考えながら・・・。


















「椿・・・今日も薮内と一緒だったな。何もされてないよな?」

 部屋に帰ってきて一番に森岡はそんな事を僕に聞くようになった。毎日って訳でもないけど、食堂や校舎で僕と先輩が一緒に居る所を見ては何も無かったかと問う森岡に、僕も戸惑っているのが正直な所。

 先輩から何をされているわけでもない。

 以前と変わらず、僕のことを気に掛けてくれているくらいで。僕の返事を急かしに来ている訳でもなかった。


「何も、されてないよ。」


 そう、森岡には答えるしかなくて。

 たとえばここで付き合うことにした、なんて言ったらなんと答えが返ってくるのだろうか?
 そんな試すような事をするつもりは無いけれど、森岡の中の薮内先輩という人物がどんな存在なのか僕には全く分からないし、森岡からも薮内先輩に関する言葉が聞ける事も無いのに僕だってどうして良いか分からない。

 僕の一言を聞くと、森岡はさっさと自室へと入っていった。


 そんな事がしばらく続いていて、薮内先輩への返事のことも考えなくてはいけないしと、もやもやとした毎日を過ごしていた。



 その日はたまたま図書室で本を借りたりしているうちに寮の帰宅が遅くなって・・・と言っても、いつもよりも一時間程度しか違わなかったからたいして遅い時間でもなかったのだけど。


 部屋の扉の鍵を開けた所で僕は思考が止まってしまった。



 目の前には、ソファを目前に抱き合う・・・



 森岡と佐古。



 二人の唇が合わさっていて、物音に気付いてそっと離れた二人が同時に入り口に視線を送ってくる。

 そのままソファになだれ込むつもりだったのだろうその姿勢から、森岡が少し体を持ち上げた。



「・・・・・ご、ごめ・・・っ・・・・」



 静かに後ずさり、扉を閉めると行くあてもなく、廊下を走り階段を駆け下りた。





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