僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
03
静まった廊下を歩いて、ちょうど突き当たりにある部屋の前で立ち止まった。
『図書室』
と書かれたそこには委員会の人が受付でうたた寝をしているだけで中に生徒が居る気配は無かった。
そっと扉を開けたのに、思ったよりも音が鳴ったように感じるのはこの校舎の静けさのせいなのだろう。
その音に気付いて、うたた寝をしていた人が顔を上げた。
頭を下げて、図書室に足を踏み入れる僕の姿を確認して、またその人はカウンターにうつ伏した。
山の上の図書館の大きさは凄かった。
読書家、というほど読書が好きなワケではないけれど、会長から借りた本なんかを読んでいるうちに本を手に取ってみようか、という気分にさせられて図書室に足を運んだ。
幸い、というべきか僕には人と接する時間が短い事もあって一人で過ごす時間が多い。そんな時間を潰すのに寮では音楽を聴いて過ごしているけど、教室ではどうも手持ち無沙汰だった。
大きな図書館で本を借りるのも良かったけど、なかなか平日にあそこまで行く気にはならなくて、手短な図書室を利用しようと思ったのだ。
この学校の図書室だってかなりの大きさだ。
高い本棚を見上げながら間を縫って歩く。
本の匂いに包まれて、窓から差し込む光と風はずいぶんと夏に近づいて来ている様だった。
本を取り出しては捲って冒頭を読んでみたりを繰り返し、その中から一冊の本を手にとって、これを借りて帰ろうか、と思ったときだった。
図書室の窓から見えた外の人影に、ひきつけられるように窓際に立った。
2階の図書室から見下ろす形になったそこはちょうど中庭からすこし外れた所で、そこに二つの人影があった。自分の目は確かだった、と思ったと共に、こみ上げる感情はこのところ自分がどうして良いか分からなくて困っているものと一緒だった。
僕が見たその姿は、薮内先輩と・・・佐古。
佐古の腕を取る先輩とそれを剥がそうとしている様に見える佐古。その二人の会話は聞こえるはずもなく、僕はただその姿を見下ろすだけだった。
しばらくして、薮内先輩が手を離し、佐古は校舎へと向かって歩いていった。
そこに立ちすくむ薮内先輩を見ていると、ふっと上げられた視線と目が合った。隠れようと思う思考とは裏腹に体はピクリと震えただけでその場から動けなかった。
薮内先輩は・・・僕を見ても至って普通で。
それは一瞬の時間だったのかもしれないけれど、僕にはなぜか長く感じて、先輩が僕に手をふり「そこで待ってて」と言った(ように見えた)あと、校舎に入って行った。
数分も待たずして、図書室に薮内先輩が現れた。
「先輩・・・」
「椿ちゃん、本借りに?」
「はい・・・」
「あーなんか運命感じちゃってるんだけど。ここから俺のこと見ててくれたの?」
にっこり微笑むその姿に曇りは無くて、僕の感情だけがこの場にそぐわない。
「た、たまたまです・・・。佐古・・・と知り合いですか?」
上ずりそうになる声を、必死で抑えた。
先輩“も”と、何度も口から出そうになる言葉。
佐古の魅力は、僕にだって判っている。
そんなのに僕が嫉妬に似た感情を持つのは間違っているし、そもそもそんな立場じゃない。なのに・・・森岡だけじゃなく、薮内先輩までも佐古を・・・と思うと、居たたまれない。
僕と間逆の佐古だから。
どれだけ背伸びしたって近づく事はできないって知ってるから、僕はそんな考えさえ持っちゃいけない。でも、このところの森岡や先輩の優しさなんかを知ってしまうと“僕にも・・・”なんて淡い期待を持ってしまっていた。
「た・・・佐古とは中学からの知り合いだよ。ほら、知ってるだろ?この学校は同じ中学から上がってくる人間が多いからね。森岡のことを知っているように、当たり前、なんだって。」
「・・・当たり前」
「そ、椿ちゃんは他所から来たからあまり上級生とは親しくないけど、こういうのは普通だよ。それにさっきは佐古が落とした携帯を俺が拾って後ろから声掛けてただけだし・・・」
窓から見下ろしたその場所に、さっきの情景が思い浮かぶ。佐古が薮内先輩の手を剥がそうとしていた様に見えたあれは僕の勘違いだったようだ。
窓枠に置いた僕の手に重ねる用に先輩の手のひらが乗る。思わず引こうとしたその手に力が込められ、逆の腕で肩を抱き寄せられる。
「せ、せんぱ・・・」
「椿ちゃん、佐古に妬いた?」
「そ、そんなっ!・・・・っ」
肩に乗っていた手が僕の首にまわって、近づく先輩の唇をそのまま受け止めてしまった。
もがいた所で、もう遅くて、そして避ける事も抵抗もできなかった僕はなんだか情けなかった。
先輩の優しく触れる唇が、
先輩の僕に対する感情が、
――――。
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