僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
02






「わるい・・・薮内のことになると頭に血が上るんだ。」

 直ぐ後ろで聞こえた森岡の声が、本当にすまなさそうなのが分かっていたけど、それに答えるだけの気力も失せていた。


「椿」


 悲しい。
 そんな優しい声で僕の名を呼ぶのか、こんな時だからだという事が。


「椿?なぁ、怒ってんの?悪かったって。そんな風に思ってたわけじゃなくって・・・なんつーか、言葉の文(あや)ってヤツ・・・」


 言葉の文って言ったって、胸のうちでそう思ってないとそんな言葉出てこないんじゃないだろうか。



「・・・いいよ、気にしてない。それに、森岡がどう思おうが僕には関係ないよ。僕は・・・僕だから」


 僕でしかないから。

 誰も僕のことを知ろうとしない。

 そんな事今更だし、なんて言われようと、僕は僕の思うがまま動くしかないんだ。


「―・・・椿」


 少しでも森岡と近づきたいと思って、リビングでの時間を増やしたけど、そんな特別な感情は僕にしかなくって。連休の間の話を聞きたいとか、聞いて欲しいとか、その先に体の関係だけと言うのがあっても僕からしたらルームメイトとしての形でいいから、少しでも親しくなりたいと思っていたのに。


「あー、拓深から聞いたけど、連休・・・街で会ったんだって?」


 そうやって、簡単に―・・・。


「え、あ・・・うん。そう。」


 そういった事を、僕は森岡と話がしたかったのに。でも、森岡が僕よりも佐古と親しいことは歴然で・・・せっかくの機会も、チャンスも簡単にすり抜けていく。

 きっと僕の情けない姿も佐古の口から伝えられたんだろう。




「薮内先輩とも・・・その日に会ったんだ。一緒にバスで街まで行った。」

「それだけ?」

「え?」

「それだけか、って聞いてんの。」

 やっぱり森岡は薮内先輩の名前を出すと機嫌が一気に悪くなるらしい。これからは気をつけたほうがいいのかもしれない。

「それだけ、だよ・・・」

「アイツだけは信用すんな。」

「何・・・?いい人だよ?薮内先輩・・・」

 聞く耳持たない僕に苛々してきたのか、だんだんと険しくなる顔に、僕はまたあんな言葉を吐かれるのではないか、と早めに部屋に逃げ込みたいと思った。


 森岡に背を向けて、マグカップを洗うと、部屋に戻ろうと足を向ける。


「椿―・・・、何かあったら俺に言え。」


 そんな言葉を残して、森岡も自室に入っていった。


 森岡が指している言葉が薮内先輩との何かなんだろうとは思ったけど、その時の僕は知る由も無かった。





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