僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
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「や、本当にごめん。田嶋本気で困ってるな、・・・・深く考えないでくれ。」
会長は髪をかき上げ、すまなさそうに眉を下げた。
「いえ・・・。」
きっと、こんな僕が珍しいだけだ。
自分の意思さえもはっきりさせないような・・・会長の周りにはできる人間ばかりだから。だから・・・珍しいだけ。
食事を終えた後、先に店を出た僕は入り口で会長が出てくるのを待っていた。
時間を見て、そろそろ寮に戻ろうかとか考えていると、店から出てきた会長に渡された箱。
「田嶋、甘いの大丈夫?」
「え?は・・・はい。」
「これ、ここのシュークリーム旨いから。寮に帰って食べて。」
「えぇっ!と、とんでもない!そんなもらえませんっ」
「いや、返されても困るから、な?」
箱の中からのバニラの香りに思わず鼻先を近づけた。
「ありがとうございます」
「一人で食べるにはちょっと多いかも知れないけどな。」
受け取った僕の姿を見て、会長も満面の笑みを送ってくれた。
今、この瞬間の会長を僕が独り占めしてる。
僕にもこんな時間があるんだと思うと一生のうちのどれくらいの幸せを使ったんだろうか・・・なんてついつい思ってしまう。
たくさん、辛い思いをしても、きっと次はいいことあるって。そう、思い続けていたから。
いつもは些細な事ばかりだったけど、この休みは僕にとって良い事ばかりなんじゃないかと思う。
家に帰らなくったって、一人で過ごす寮生活だって、きっと薮内先輩と話しをする為に、会長とランチをする為に必然だったんだ。
バスに揺られ、帰る道のりも全てが貴重な時間に感じて。今日のことを思い返して一人でこっそり微笑んだ。
寮に足を踏み入れて一番、朝会った管理人が玄関先で煙草をふかしていた。片手にはほうきを持って。
「よう、お帰り。公園行って来たのか。」
「た・・・ただいま。・・・なんで、分かったんですか?」
「その箱。あの洋菓子屋のだろ?旨いだろあの店。俺も好きで差し入れしてくれるならあそこのってお願いするくらいだ」
わはは、と朝と変わらない笑い声。
「あ。」
思い出して、手に持っていた箱を開けて中を覗くと、シュークリームが4つ入っていた。
会長が一人じゃ多いといった言葉を思い出して、おすそ分けとばかりに管理人に一つを手渡した。
「やや、そんなつもりで言ったんじゃない。」
「いえ。おかげで良い出来事があったんです。なので、お礼・・・と言っても僕も貰ったんですけど・・・」
「そうかぁ?・・・じゃぁ遠慮なく。」
今度は声はなかったけど、見るからに"わはは"な笑いを送ってもらった。そして本当にそのシュークリームが好きなことが伝わってきた。
頭を下げて、自室に向かうと冷蔵庫に箱を入れた。
その横には真っ赤なトマト。
しばらく冷蔵庫を眺めて、幸せな気分になった。
たくさん、笑った。
今日一日、たくさん笑って、たくさん喋った。
きっと僕の周りでは当たり前の、何気ない日常。
それが、僕にも・・・・。
夕食後にはココアを入れてシュークリームを食べよう。朝起きたらトマトを食べて、寮の中庭を散歩してみよう。
そんな何気ない幸せを僕にも。
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