僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
33






「田嶋?」

「あ。こ、こんにちは・・・。」

 会長は気がつけば直ぐ傍までやってきていた。

「お兄ちゃんの知り合い?」

「あぁ、後輩。」

「そうなんだ!良かった。ハナが足に飛びついちゃって・・・お兄ちゃんからも謝っておいてよ」

「そうか、それは申し訳なかった田嶋。ズボン傷ついてないか?」

「そ、そんな大した事ないんで、気にしないでください・・・」

 会長は"ハナ"というらしいその犬を妹に預けると、僕に向き合った。そして受け取った妹も、ごく自然に犬の散歩を続けるといった感じに「ではまた」とだけ僕に言い残して直ぐにその場を去って行った。


「家がこの辺なんだ。歩けば15分ほどまだ山の中に向かうんだけどね。ハナ・・・さっきの犬の名前だけど、ハナの散歩には丁度良くて・・・よく来るんだ。」

 田嶋は?と聞かれて顔を上げた。

「ぼ、僕は・・・寮の管理人さんに会って、この公園を教えてもらいました。暇だろう、って。」

「そうか」

 さわさわと抜ける風に目を細めた。
 会話はそこで止まってしまったけど、会長の進めた足の方向が図書館だった事もあって、僕も直ぐ隣を歩いていく。

 遊歩道を抜けた所には真新しい図書館が佇んでいた。


「出来立てなんだ。」

「すごい綺麗で・・・大きいですね」

「あらゆる書物があるらしくってね、大学とか横に繋がりがいくつもあるみたいだ。もちろん、うちの学校もお世話になっているよ。」

 言うなれば、大きな保管庫のようなものだろうか。

 図書館の入り口に向かって歩いていると、どこからともなく漂ってきた甘い香りに足を止めた。

「どうかしたか?」

「バニラ・・・の香りでしょうか」

「あ、あぁちょうど・・・ここからは見えないけどね、あの図書館の向こうにカフェがあるんだ。ケーキがたくさん並んでいて・・・確かランチくらいはできたはずだけど」

「へぇ」

 甘い香りに思わず頬が弛んだ。
 ココアもそうだったけど、甘い物ってただそれだけで幸せな気分になってしまう。今まで気付かなかったけど、僕は結構甘党なんだと知った。


「図書館行くんだろ?」

「あ、はい。」

 一応本は持って来ていたけど、折角だし中に入ってみようと思っていた。会長は僕の返事を聞いて、時計を見るとまた視線を僕に移した。

「12時半に図書館の入り口で。」

「え?」

「一緒にあの店でランチでもどうかな?今から一時間ほどあるから図書館でゆっくりして・・・」

「え、えぇっ!?」

「田嶋に用事があるならいいよ、無理にとは言わないから。」

「い、いえ。喜んで・・・」


 って、答えていいのか。
 恐れ多くも生徒会長なのに―・・・

 伺うように見た会長の顔はこちらが困ってしまうくらいに笑顔で。天気の良さや、その清清しい笑顔だとかいろんな意味で眩し過ぎる視界に目を細めた。










「いいな、田嶋って」

「・・・・?」


 会長はドリアのランチ。
 僕はスパゲティのランチ。
 付いていたスープを口に運んだ所でそんな事を言われた。

 "いいな"って、僕の何を指して言っているのかさっぱりで。

 しばらく考えた後

「能天気・・・ってとこですか?」

 と僕は答えた。

 会長は進めていた手を止め、怪訝そうに僕を見た。


 自分が能天気だとは思っていなかったけど、昔からまわりに言われた事を思い出した。トロイ、とか不器用とか、言われても僕はそれを受け止めていないらしいのだ。
 何度言われても改められていないと、そう言われた。自分では、それなりにやっていたのに、傍から見れば忠告をちゃんと受け止めずにいるらしい。
 お気楽、能天気、そう見えるのだろう。

 それを指して、常に気を引き締め生徒の代表である会長は何も考えずに居れる僕に対して"いいな"と言ったのだと思った。

 だから、そう答えた。


「違うよ。田嶋」

「・・・え?」

「雰囲気が、良いと言ったつもりだったんだけど。」

「雰囲気?」

「そう。田嶋と居ると俺も自分らしく居れる。こうやって何も考えずに田嶋と食事をしたいと思えば食事に誘う事ができる。」


 それは―・・・こんな離れた場所だからじゃないだろうか。

 たとえばこれが街中なら、きっとこういう展開にはならなかったように思うのだけど・・・。


「まぁ、今まで戸口以外と深い関わりを持った生徒も居なかったけど。」

「戸口先輩とは長い付き合いなんですか?」

「あぁ幼馴染のようなものだよ、戸口の親が親父の秘書をやっていてね、それはもう小さい頃からよく顔をあわせていたよ。」

「幼馴染・・・」

「あぁ、でもそうは見えないだろう?あいつはいつだって俺の一歩後ろに居る。―・・・そう、躾けられてきたからね。」

 ランチのパンを、口に運ぶ会長の指を見て、戸口先輩と会長とのやり取りを思い出した。確かに、二人を見るだけでも社長と秘書の関係に近かった。

 それが幼い頃からの事だと・・・・。

 戸口先輩は―・・・どれだけ手を伸ばしても、会長と肩を並べる事はないということだろうか。
 あれほどまでに気を許しあっているように見えるのに。感情を切り離しての関係と言うものだろうか。それは一体どれほどのものなのかは分からないけれど、世間で言う幼馴染の感覚とはかけ離れた世界なんだと思う。


 クルクルとパスタを絡めると口に運んだ。


「戸口には気を許しているよ。でも、田嶋は戸口とは違う感覚だ。戸口だけじゃない、学校の生徒としても。」

「そ、そんな事はないと思います。僕は至ってその辺に居る・・・目立たない、人間です。」

「田嶋は居心地が良い。」

 強い、強い視線。
 見つめられて、これこそ穴が開きそうだ、と真剣に思った。

 息ができなくなりそうになって、慌てて視線を逸らした。


「ごめん。困らせるつもりはないんだ。ただ、心のどこかで・・・もっと田嶋と接していたいと思う自分が居て・・・」

 ジワリ、ジワリと。

 熱が顔に集まっているのが分かって。

 今すぐ逃げ出したい気持になった。





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