僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
32
だんだんと賑やかになっていったこの間の街へ下りていくバスの車窓とは逆に、時間が経てば経つほど緑しか見えなくなっていく。
そして高級住宅地なのか、大きな敷地を持った家が立ち並んでいてた。道も、無駄に広い。
バス停に着くたびに開かれる扉からは草木の香りが流れ込んで、バス自体がもう森と同化しているように感じてくる。
朝会った管理人に教えてもらった公園へ足を運ぼうと、あの直後部屋に戻り着替えて、最低限の荷物とどこかベンチででも本を読もうと本を片手にバスに乗り込んだ。
貰ったトマトは冷蔵庫。
帰宅した頃には冷えているといい。
車窓から降り注ぐ太陽が眠気を誘い始めた頃、バスは目的の公園に着いた。
「広っ・・・」
目の前には山の斜面を利用されているのか、見渡す限りの芝生と、脇に続く遊歩道。これだけ広いのに管理はしっかりと行き届いているらしくて、とても綺麗だ。
入り口にある案内掲示板を見上げると、運動公園らしくテニスコートや野球場なんかもあるらしかった。
「・・・・。」
そして案内板には図書館と書かれた文字が。
丁度脇の遊歩道の先にあるらしく早速その図書館へ足を運ぼうと思った。
踏み込んだ遊歩道にはベンチが距離をとって置かれており、そこに座る老人、ジョギング中の人、犬の散歩にゆったりと歩いている人、さまざまな人とすれ違う。
遊歩道から見渡す芝生にはシートを広げいかにもピクニックな家族が何組も居た・・・。
その家族を眩しく見る。
僕は―・・・
母親の料理の味を知らない。
家族で出かけるということも、知らない。
家から出る時は小さいながらも常にネクタイを着用させられる、そんな場所にしか行った事が無くて。走り回ることもできず、二人の兄の後ろで静かに立っているだけだった・・・・。
ボールを追いかける二人の子供をほほえましく見つめるその母親の視線に僕は釘付けだった。
僕の母も、そんな顔をするのだ。
ただ・・・それは兄に向けて、のものだけど。
僕はそんな母の表情を知っていた。
あの顔を僕にも、と願った小さい頃のキオク。
足元に衝撃を受けて、はっと我に返る。
僕のズボンに縋り、必死に尾を振る綺麗な毛並みのダックスフンド。
「わ、っ・・・」
「すいませんっ!こらっ、こっちに来なさいっ。ほんとごめんなさい!」
「い、いえ」
リードを引いても離れる気配の無い犬に慌ててその飼い主の女性が犬を抱えた。
「ごめんなさい、ズボン汚しちゃったかも・・・」
「あ、ううん、気にしないで、ください。」
にっこりと微笑むその女性に釣られて僕も微笑んだ。
人付き合いが慣れていれば、これくらいの事で緊張なんてしないんだろう。森岡なんかだったら、これをチャンスとばかりにナンパに切り替えるんだろうなぁ・・・と抱えられた犬に視線を送りながらその気まずい間を過ごす。
じゃあこれで、とその場を後にしようとしたその女性の懐に居た犬が急にキャンキャンと吠えて、興奮したように飛び出した。
「あ、こらっ!」
するりと抜けたリードに慌ててその犬の走っていった先を僕も振り返った。
「あっ!お兄ちゃん―・・・」
「――――!」
駆け寄る犬を受け止めるその男性の姿を見て、心臓が止まるかと思った。
まさか、こんなところで・・・・。
嬉しそうに犬を抱え、視線を上げたその男性も、一瞬動きを止めて驚いたものの、すぐに柔らかい視線に変わり、こちらへ向かって歩いてくる。
「田嶋」
「・・・・織田会長」
僕の口から出た言葉に、驚いて見つめてくる隣の女性。
その女性が会長の妹で、そしてあの僕の足に縋ってきた犬が会長が会うことを楽しみにしていた・・・飼っている犬なんだって事を会長が近づいてくる間に理解した。
会長の私服を見たことがないわけではない。寮生活をしていれば普通だし、このGWの初日に生徒会の仕事を手伝った時も私服だったわけだし。
なのに、どこか違う気がするのは・・・
学校と言う空間から外れているせいだろうか。いつも身にまとっている張り詰めた空気が感じられなかった。
その姿に、僕自身鼓動を抑える事ができずに居た。
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