僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
31
僕に、何の価値も見出せない。
それは考えることさえ今更で、薮内先輩が僕の何をどう思い、感じあんな答えを出しているのか考えも付かなかった。
好きになるのに理由なんて要らない・・・
そう言った先輩。
今まで見てもらえた事さえなかったのに、そんな言葉を急に言われて、僕自身受け止められずにいる。
寝ても覚めても、そんなことを霞んだ頭で考え続けて、それは堂々巡りを続けていた。
森岡のように、ただ欲をぶつけるだけの器だと、そう考えてしまえばそれが一番僕にはふさわしくて、その考えに行き着いては―・・・苦笑を洩らした。
相変わらず、変わらない食堂の風景。
初めのうちは徐々に人が減っていくのを感じたけど、2日もすればGWを最後まで寮で過ごすであろう人間だけになって、決まった席に、決まった生徒が食事の時間になると座っているだけだった。
漫画本を片手に食事をしたり、携帯で何か話しをしている人。
相変わらず僕は窓際に座り、外の景色を眺めながら食事をする。
いつの間にか会長も居なくなっていた。
最終日が近づけばまた生徒が寮に帰ってくると思うとこの静かな食堂も貴重な気がする。
薮内先輩は朝食は取らないらしく、朝に食堂で会うことはなかった。寮に居る時は昼と晩と、僕の隣の席で食事を取り、何気ない会話をして、食後もそのまま缶コーヒー片手に食堂で時間を潰したり、食堂横の談話室で過ごした。
あれ以降、僕に迫ることもしなければ、告白めいた言葉もなく。友達のような関係に僕も徐々に慣れて来ていることを感じていた。
その関係は友達らしい人間関係を未だ築けて居なかった僕にはとても心地よくて・・・。
僕に向かっての好きだという言葉は
きっと、気まぐれだったのだと
きっと、あの言葉は聞き間違えだと
友達に近い関係が続いた2、3日でそんなふうにさえ思えていた。
1日3食を取り、薮内先輩と会話をするか、部屋で音楽を聴いてうたた寝をして過ごすか、気が向いたらリビングのテレビを眺めるか・・・
そんな毎日にあっという間に飽きた頃、朝食を食べた足でいつも食堂から眺めるだけだった中庭に足を運んだ。
綺麗に刈られた芝と小さな噴水。
並んだ木から降り注ぐ木漏れ日をガラス越しでなく直に目にする。ガラス越しでは感じられなかった、外の空気に混じる緑の匂いを大きく吸い込んだ。
引きこもってばかりの僕は、こうやって外の空気を吸うのが街に下りた日以来だったことに気付いた。
ベンチがあればいいのに。
そうすれば、会長と一緒に過ごした時間のように、このもてあました時間をそのベンチで読書をして、昼寝なんかして過ごせば少しは気が晴れそうなものなのに。
足を進ませて、ちょうど食堂の裏になる場所に一人の男性が居た。
こんな誰の目にも付かないような場所さえ、綺麗に刈られた芝とその横の花壇には綺麗な花が咲き並んでいた。
その花に草木にホースで水をやるその男性は視線が優しいもので、目の前の花に向けられていた。
僕の姿に気付いたのか、振り向いたその視線は一瞬見開かれたけど、また優しい目に戻って僕を見る。
「寮で過ごすのかい?」
その言葉が、GWを・・・という意味を含んでいるのに気付いて小さく頷いた。
「退屈だろう。街までも遠いしな。」
見た目で20代後半かと思わせたその男性は、喋ってみると落ち着いていて、もしかしたら30を過ぎているのかも知れない・・・と頭の隅で考える。
「・・・・綺麗ですね、花。」
「あぁ、俺の趣味だよ。寮の管理ってのも退屈だからね。こうやって花でも育ててないとな・・・ただでさえ野郎しかいないんだからな。」
わはは、と豪快に笑うその姿が気持のいい笑い方だった。そして、この男性が寮を管理している人なのだと、初めて知った。
前に貰いに行ったバスの時刻表なんてものは窓口に山のように置かれているし、管理人になんて用事なんて相当じゃない限りあるもんじゃないから顔なんて一度も見たことがなかったんだ。
「あ、食うか?トマト。」
「え?」
「あっちにはプランターでトマト作ってんだ。こんな食堂裏なんて誰も来ないからすき放題やってんだ。」
きゅっと手元のレバーを戻し水を止めるとトマトを栽培しているらしい奥へと消え、直ぐに両手にプチトマトを乗せて戻ってきた。
「ほら。やる。」
「こ、こんなに・・・。」
「旨いぞ。部屋に帰ってからでも食べな。」
「有り難う御座います・・・」
その男性は僕にトマトを渡した後、またレバーを捻り水を出して撒き始める。
「退屈だろー。いい青年が体力有り余ってんじゃないか?・・・・お前一年か?」
「え?あ、はい。」
「じゃあ知らないだろ、この山の上に公園がある。バスで20分ほど掛かるが行ってみたらどうだ?寮で腐ってるよりかはいいかもな。あーでも年頃の男に公園はないか。ナンパするのに公園ってなぁ〜」
また、わはは、と笑って水を撒きながら奥へと進んでいく男性に慌てて声を掛けた。
「ト、トマト有り難う御座います。あと、公園・・・行ってみます・・・暇だし・・・・」
「そうか」
わはは。わはは。
何がそんなに面白いのか。
そんなふうにからりと笑う男性に釣られて僕もなんだかおかしくって口元がほころんだ。
結局男性の年齢も分からず、管理人と言うことだけが分かっただけだったけど。折角教えてもらったその山の上の公園に行ってみようと思った。寮にいたって本当にすることがないんだ。
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