僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
30
僕がリビングへと促すと、先輩は僕の手を取りソファに座る。先輩に引かれるまま、僕もその隣に腰を下ろした。
「薮内先輩・・・。・・・よ、用事は済んだんですか?」
駅に入って行った先輩の姿を思い出して、友達と遊ぶには早すぎるんじゃないか・・・なんて思ったりして。
「んーちょっと貸してたの返してもらっただけだから。別にいつでも良かったんだけどこのGWは暇だし。」
「―・・・帰ったり、しないんですか?」
「ん。どうせ海外に居る両親だから。帰るつったってわざわざ両親の所に行くのも面倒だし、かといってこっちの家で一人で過ごすなら食事の出る寮の方が便利だろ?」
そこまで言うと、僕を覗き込みながら喋っていた先輩はソファに体を預けると、背もたれに腕を回し、その指先が僕の肩に触れたのを感じて慌てて僕は立ち上がった。
そんな僕の動きを分かっていたかのように、腕を取られる。
「あ、の。飲み物でも・・・あー・・・買ってこないとないです。買いに・・・い、ってきます。」
慌てて何かしようと口に出したのに。
冷蔵庫には飲み物らしい物が何も入っていないことを思い出した。
今日買ったココアはあったが、マグカップが一つしかないことには二人で飲む事ができない。
「・・・いらない。」
そう言って、また僕の腕を引いた先輩によってソファに座らされた。
直後、薮内先輩が近づくのが分かって、とっさに手のひらで先輩の胸を押し返す。
伝わる振動で先輩が小さく笑っていることに気付いた。
「先輩・・・?」
「あ、あぁ・・・ごめん。警戒心強いんだ?てっきり―・・・森岡と同室だから慣れてるのかと思った。」
その言葉で、胸に響いたモノが
痛みなのかなんなのか
僕には判らなかった。
先輩の手が、僕の頬を撫でて指先が唇を辿っていく。
「森岡にはもうヤられちゃってんでしょ?そこに森岡の気持がなくても椿ちゃんは受け止めるんだ?・・・・・・なのに、椿ちゃんを思う俺は受け入れられない?」
「――――・・・」
分かっている。
分かっているのに。
森岡にとって僕の存在がなんて事のない、都合の良いルームメイトだって事は。
自分がただ、流されているだけって言うのも。
だからって、何も知らない人に自分を簡単に差し出すことなんてできない。
森岡はどうなんだといわれれば応えられない。
"寂しさもまぎれる―・・・"
ただ、それだけだった。
森岡にその言葉を貰って、許してしまった。
森岡が僕の寂しさを知っているかのような感覚に、そんなの知っているわけ無いって分かっているのに、その一言さえも僕の欲しかった言葉だった。
直後に与えられた人肌に、そこに何の感情がなくとも、僕はその温もりに身をゆだねた。
諦めて、ただの温もりが貰えるなら
そんな温もりでさえも僕にはとても満たされるものだったから。
そして、それに慣れた今。
本当の温もりをくれると言う目の前のこの人を拒絶した。
本当の温もりって・・・・
どんなものなのだろうか。
それって、どれだけ満たされるのだろうか。
森岡がくれる温もりとどのくらい大差があるのだろうか。
僕が俯き、そんな考えを巡らせている間も先輩の指先は僕の頬に、耳に、うなじに、髪先に、触れていく。
「森岡は特定の人間を作らないだろ?俺中学も一緒だからアイツの性癖は知ってる。体さえあればいいんだよ、男でも女でも―・・・」
蘇ったのは佐古と森岡のキスシーン。
あんな事が佐古じゃなくても、誰とでも、どこででも行われているんだ・・・?
唇に触れたものが、指じゃなくて薮内先輩の唇だった。温かい唇が小さく啄ばんでは離れてを繰り返す。先輩の胸に当てていた僕の手のひらは押し返す事も、縋りつく事もできず副えられているだけ。
何度目かの啄ばみに、そっと瞼を閉じると、唇を割って入ってきた舌に肩が震えて、思わず腕に力が入ったけど、それが伝わったのか僕の頭を抑えた先輩の手が、優しく髪を梳き、撫でていく。
どのくらい、重なっていたのか・・・、水音と、互いの吐息が静かな部屋に響いて、先輩が離れた時に目を開けた僕はくらくらと視界が歪む気がした。
濡れた唇を、嬉しそうに笑った先輩の指が拭うように触れていく。
「友達からって言ったのにな。でも、ほんと考えてみてよ。」
俺のこと・・・・と、また軽くキスを送られ、先輩は部屋を出て行った。
僕はしばらくソファから動けなくて。
一人ぼんやりと自分のあり方なんかを考えた。
答えなんていくら考えたって出ないんだけど・・・。
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