僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
29
振り向いた彼等は、暫く僕の顔を眺めると、どちらからともなく…噴き出した。
「な…に?」
何を笑われているのかさっぱりだ。
「お前…プッ、恥ずかしい奴。」
「くくっ、声裏返ってるし、無理すんなよ。坊や。」
「・・・か、彼を離してあげてください・・・!困ってますから・・・っ。」
先程から掴んでいた腕をぐいっと引っ張ったら、それに勢いをつけて振り払われた。そのまま僕を押すように動いた腕に、僕はその場に尻餅をついて、持っていた袋が音をたてて地面に散乱した。
「田嶋―・・・」
佐古が弛んだ束縛を解いて振り返り、そこに倒れている僕を見て声を出した。
「あれぇ?知り合いなの?」
「ちょ、もう行こうぜ、このダッセェ奴のせいでやたら目立ってるし・・・」
「あ、あぁ・・・じゃぁ、次は絶対付き合ってよ?拓深ちゃん。」
倒れている僕から少し距離を置いて、行き交う人が何事かと足を止めていた。徐々に人が増えそうなのを察してか、絡んでいた二人組みは佐古に声を掛けるとさっさと人ごみに姿を消した。
―・・・次は?・・・拓深ちゃん?
慌てて立ち上がると、落ちた荷物を拾い上げて佐古に視線を送った。
「も、もしかして知り合いとか・・・だった?」
「・・・・2年の先輩だよ。・・・田嶋が後からあの二人に絡まれても―・・・知らないよ?しつこいんだから。さっきだってなんとかもう少しで諦めてくれそうだったのに・・・余計な事を・・・」
佐古はため息をついた。
「ご、め・・・っ」
ほぼエスカレーターで上がって来ると言えるうちの学校は先輩後輩の顔だって知っている人間が多い。
さっきの先輩だという二人組みも佐古からすればいつもの絡みであって、たまたま今日は外だっただけの話しなのかもしれない。
「じゃぁね、僕急いでるから。」
そう言って佐古は駅に向かって急ぎ足で去っていった。
残された僕は、まだ周りの視線を受けながら、信号が変わるのをその場で待つしかなかった。
あまりの恥ずかしさに、消えてしまいたいとさえ思えて。
声を掛けたことによる緊張感と、勢いで腕を掴んでしまったその行動で、未だ胸の鼓動は治まらないし僕の指先は小さく震えていた、ぎゅっと袋を掴みなおして平静を装った。
ココアを買ってからは、どこに寄る事もせず寮に戻ることにして、バス停では帰りのバス乗り場を探すのに時間が掛かって、やっとバスに乗ってから肩の力を抜くことが出来た。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、寮まで帰ってくると一目散に部屋に閉じこもった。
買ったばかりのCDの一枚に倒れた時にできたらしい傷が一筋ケースに付いているのに気付いた。幸いマグカップは包装のおかげか無傷だったけど、あの時僕が声を掛けずに居れば、このCDだって無傷で済んだんだと思えば、落胆した。
そんな沈んだ気分を変えようとさっそく甘いココアでも飲もうかと腰を上げた所で、部屋のチャイムが鳴った。
部屋にチャイムがあることは知っていたが、鳴ったのを聞いたのは初めてだった。
いつだって来客は森岡目当てだったし、部屋に来る時は前もって約束の上なんだろう、部屋にはノックさえされることなく、森岡が迎え入れているような状態だった。
キッチンに運ぼうと思ったマグを机に置いて、入り口に向かった。
「よう、椿ちゃん。」
「あ、えっと、や・・・薮内先輩?」
扉を開けて目の前に立っていたのはほんの3、4時間前に一緒にバスに乗った薮内先輩の姿が。
「そうそう、さっき寮に入っていくのが中庭から見えたから帰って来たんだと思って遊びに来た。」
「え?僕のところに・・・遊びに・・・?」
「椿ちゃん以外に誰が居る?あー俺も今年のGWは空いてるから、この機会に仲良くしよーよ。上がってもいい?」
現状に驚いている間に薮内先輩は部屋に上がりこんできて、リビングにあるソファに座って僕に笑いかけた。
僕に、来客・・・
初めての自分への来客という事態に、先ほどまでの落胆から浮上させるには十分な出来事だった。
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