僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
25
田嶋がトレイを下げるのを見届けている織田会長に思わず苦笑が漏れた。何をそんな顔をするのだ、と問いかけようとしてその言葉を飲み込む。
「気になるみたいで。」
「え?」
「田嶋の事ですよ。会長にしては、かなり気にかけているんじゃないですか?」
「そんなことは。・・・ただ田嶋は楽だな、と思って。」
「どこぞの追っかけに比べてですか?彼は会長にあまり執着していないようですね。」
「そんな言い方ないだろ、俺のことを一人の人間だと見てくれているんだ、それが心地がいいだけだ。」
「だからって・・・・変な行動起こさないでくださいよ?会長が動けば、それなりの人間も動くのだから、田嶋にいつどんな事が起こるかわからない。田嶋の為にも、です。」
田嶋は、敏感すぎる。
会長を慕う強い気持を持った人間に簡単に飲み込まれてしまうだろう。
僕の疑うまなざしを受けても、彼は表情一つ変えず、自分の中に溜め込むだけだった。笑顔はごまかしきれなかったみたいだったけど、それがなければ僕にだって、田嶋はただの鈍感か、と思っていた程度だろう。
「そう言いながら、田嶋に仕事を頼み込んだのは戸口じゃないか。」
「えぇ、一体どんな人間なのかと思って。会長が興味を示した人間がね。」
「興味って・・・」
「忘れないでくださいよ、会長がが動けば・・・「わかった」
あぁ、機嫌を損ねた。
机に向かい、乱暴にパソコンのキーを打つ姿にため息しか出ない。
会長本人もわかっているであろう、嫌と言うほど。
だからこそ、田嶋には会長のせいで被害を受けて欲しくないと思う。田嶋だけじゃなく、会長までもが傷つくことになることは明確だから。
だから会長も田嶋に必要以上の接触ができないで居ることも・・・僕にはわかる。
無駄に腐れ縁を続けているわけじゃないから・・・。
「じゃ、会長。僕は今から荷造りして出ますんで。後はなんとかやってくださいよ。」
「・・・あぁ。」
この調子じゃ、今日は徹夜しかねないな、と目も合わせない会長の姿に苦笑を送って扉を閉めた。
◇
カップを洗い終えて戻ると、すでに戸口先輩の姿はなくて、ひたすら会長の紙を捲る音が聞こえていた。
そっと席に着くと、先ほど言われた仕事に集中する。せめて与えられた事くらいは終わらせないと、会長だって折角のGWが台無しだ。休みの日には実家に戻り、犬と遊ぶんだって・・・・楽しそうに言っていたんだから。
「田嶋、きりのいい所で帰っていいよ」
顔を上げると、視線は落として仕事をしたままの会長。
「・・・・いえ、言われた事だけは・・・」
「元はといえば戸口が言い出したことだ、戸口も帰ったし気にしなくていい。」
「―・・・迷惑、ですか?」
驚いて顔を上げた会長と目が合った。
なんとしてでもこれだけは終わらせたいという気持と
無理してでも一人で終わらせようとしている会長に
そして、ほんの少しの僕の喜びを・・・
そんな言葉を投げ掛けた僕はずるいだろうか。
「迷惑なわけじゃ・・・」
「なら、与えられた仕事だけは終えます。中途半端で・・・帰るのも余計気がかりですから。」
「・・・・悪いな」
ちょうど日が沈みかけた頃に仕事を終えて、まだまだ仕事が残っているらしい会長には申し訳ないけど、僕のできることはこれ以上ないだろうと、先に帰らせてもうことにした。
「ありがとう。」
「いえ、すいません・・・これくらいしかできなくて。」
「GWは街に行くって言ってたね、管理室でバスの時刻表・・・もらった方がいいよ。路線も多いから見ておくと良い。」
「あ、ありがとうございます。」
こんな機会はもうないだろうから。
しっかりと僕に向けられる会長の声と、笑顔と・・・その姿を扉が閉まる最後まで、目に焼き付けておこうと思った。
手の届かない人との時間。
期待していなかったGW、早速良い事があったんだ。それだけでもう一週間分の楽しさを全部使い切った感じだった。
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