僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
24
「・・・コーヒー、俺の分はここで貰うよ。」
会長はそう言ってトレイの上のカップを一つ取り上げると、部屋にあるソファに腰掛けた。
そんな会長の姿を見て、もしかしたら僕は会長の気に障ることを言ったのかも知れない・・・と思ったけど、これ以上なんと会話を続けていいのかも分からず、そっと部屋から出た。
「戸口先輩、コーヒーどこ置きましょう?」
「あ、ありがとう。そっちのテーブルに置いといてくれれば。」
指されたテーブルは僕が作業している机で、そこにトレイを置くと、まだ作業があるらしい戸口先輩に申し訳なく思いながら先にカップに口を付けた。
しばらくしてから、戸口先輩の作業がひと段落着いたのか、席を立つ音がして、目をやる。
「コーヒー、温かいのに入れなおしましょうか?」
ずいぶんと時間が経ち、冷めてしまったであろうコーヒー。
「いいよ、僕ネコ舌だからこれくらいが良いんだ。・・・それより会長に何かされた?」
「えぇっ!?・・・なんですか、それ。」
「いや。やけに会長が君の事気にするからね・・・さっきだって遅い君を僕が見に行くと言ったのを静止して行ったくらいだったから。・・・・会長とは知り合いだったりする?」
探るような視線と、尋問するような問いかけに緊張が走った。苦手・・・だ。こういった空気は。
「知り合い、というかあの手帳での誤解を解きたくて話しをしたくらいです。・・・たまたま会話する機会があったので」
「そう。・・・・ね、君の中に会長に対する恋愛感情はある?」
「なっ、ないですっ。・・・あの、尊敬とかそういう感じで・・・恋愛だなんて考えた事なんか・・・」
自分が誰かの恋愛対象に成り得るだなんて思いもしないのに、会長とどうにかなりたいだなんて思えない、想像もした事ない。
「少しでも・・・近くに寄れればいいなぁとは思いました。でもそれだけです。」
迷惑にならない距離で、会長の声を聞いていたい。
生まれ変わる事ができるのなら、彼のような人間になりたい。あこがれる、存在に・・・と。
それだけの感情だと思う。
「そう。ごめんね、田嶋の気持に問いかけるような真似して。・・・君も知ってるように会長の人気が高いからね、おとなしそうな振りして近づいてみたりとか―・・・」
扉が開く音で
戸口先輩の言葉が切れた。
僕は、戸口先輩の言った言葉が胸に嫌なシミを造り、広がっていくのをジワリと感じて、カップを見つめたまま動けなかった。
疑われてたとか・・・
思いもしなかった。
「どうした?戸口。何か付いてるか俺の顔に」
「いえ、あぁ僕もうそろそろ時間なんで。あとは会長お願いしますよ?あまり田嶋に頼りすぎて仕事押し付けるようなまねしないように。」
そう言って笑いかけてくれる戸口先輩に、ぎこちない笑顔でしか返せなかった。
「僕、カップ洗ってきますね。」
会長と戸口先輩が仕事の会話をしている横を抜け、また先ほどの部屋に戻る。シンクにカップを置き、水がたまり流れていくのを見つめて、ため息をついた。
戸口先輩は、会長を守るのに必死なんだ。
だから誰にだって疑って掛かるんだろう、それだけ会長の存在が大きいということ、それだけ会長の人気が高くて多くの被害があるということ。僕の事を頭から会長目当てだと思っていたら、今回の仕事の誘いなんかされなかったと思うんだ。
「むずかしいな、人間って・・・」
会長が飲み終わったらしいそこに置かれたカップも、一緒に洗っていく。
ぐだぐだと考えたって仕方がない。それほど僕と会長の関係も深いものでもなかったのだから、戸口先輩の言いたい事が忠告だろうが、ただの詮索だろうが、今は頼まれた仕事を終わらせる事に集中しようと思った・・・。
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