僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
23
扉の向こうには一つの部屋があって、そこはワンルームのような造りだった。キッチンにあるコーヒーメーカーに粉をセットしてスイッチを入れる。
小さな食器棚からカップを3つ取り出すとそれをシンクの横に並べて置いた。
誰かが常に使っているのか、ちゃんと綺麗に整理されているその棚や、掃除されている部屋を見回す。
先ほどの部屋は会議室のような造りだったけどこちらは個人の部屋のようで・・・大きな本棚がやけに目に付いた。
近寄ってみてみると古い本から最近のものまでさまざまな本が並べられてあって、コーヒーができるまで・・・とそのうちの一冊を手に取って読み始めた。
「・・・持って帰っていいよ」
急な声に心臓が飛び跳ねた。
「っ、すいませんっ会長!本、む、夢中で・・・コーヒー、あ出来てますっ。直ぐ持って行きます!」
「あぁ、いいよゆっくりで。遅いからどうしたのかと思っただけだから・・・」
響き渡るその声はやっぱり心地よくて。
外で会話をした時よりも、部屋の方が響いて、僕の体内にまで響いているようだった。
読んでいた本をテーブルの隅に置いて、コポコポとカップにコーヒーを注げばますます香りが立って鼻をくすぐる。
「その本・・・こないだまで読んでいたヤツだよ。ほら、あのベンチで。」
ドキリと胸が跳ねた。
あの時の、会長のポケットに入っていた小説・・・。横でもそもそとパンをかじったりしていた僕との、お互いを干渉せずの時間。隣に居たのは確かにこのヒトで・・・。
「読み・・・終わったんですか?」
「あぁ、田嶋が来なくなってからも・・・あそこで読んでいた。今日は来なくても、明日は来るんじゃないか・・・って思ったりして。」
「・・・・」
すいませんと、謝るのもおかしい。
だって、約束をした上ではなかったから・・・。
「ほら、生徒会長って肩書きだけで何をしても注目されているだろ?そんな器じゃないって言った所で会長になった時点で受け止めてはくれない。俺なんかより・・・戸口の方が何倍も会長の器をしているのに・・・。」
「そ、そんな事ないですっ。僕・・・あの上手く言えないですけど、織田会長は会長にふさわしいと思います。皆・・・それをちゃんと判っているから、人気があるんだと思うんです。なんていうか・・・あの、」
凛とした声は人を惹き付け、堂々としたその身構えは人々を従えるに相応しい。
「・・・ありがとう。でも正直・・・息が詰まるもんだよ。」
そういい捨てた会長は、どこか寂しそうに僕を見た。
「・・・」
「どこに居ても見られている。気を抜く事が出来るのは生徒会室と自室だけ。・・・・だから貴重なんだあの朝のベンチの時間は。そして田嶋が居た。
・・・初めは、なんで居るんだ、とか思った。折角の貴重な時間は見つかると直ぐに噂になって結局またその場所に生徒が集まるから。」
でも、あの時会長は優しく声を掛けてくれた。
そんな事は微塵も感じさせなかった。
「田嶋は・・・俺の存在を判っていながらも、必要以上のことは話しかけて来なかっただろ?・・・それが居心地が良くて・・・。会話は少なかったけど、俺は―・・・」
人気のある人というのは期待と興味の視線に追われて、心安らぐ場所なんて無いに等しいのだろう。人気のあるということがいい事ばかりではないのだ。
「・・・田嶋との時間が、心地良かったんだ。」
ふっと笑った会長の表情に、痛いくらい胸が跳ねた。
慌てて視線を逸らしても、会長の視線を感じて―・・・
「・・・カップ、運びますね」
トレイにカップを乗せ、何とか手が震えないようにと思うのに、僕は見るからにぎこちない動きを見せた。
「もう、ベンチには来ないのか?」
「え・・・?」
「ベンチで朝食は摂らないのか?」
できることならば。僕だって。
「もう、行きません。」
僕は何もできない。
だから、せめて、僕は僕を守ることだけはちゃんとしたいと思うんだ。
どれほどの嬉しさよりも、幸せよりも、僕は僕を選んでしまうのだろう。
よぎったのは、佐古の僕を見下ろす顔だった。
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