僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
21
いつになく静かな食堂だった。
ほとんどの生徒が寮に残っていない。GW初日から、というよりも昨日の夕方くらいから常に廊下が騒がしくて、多くの生徒が寮を出て行くのがわかった。
森岡も何も言わずに部屋を出て行くのだと思いこんでいたら、昨晩軽くノックされて今日の朝一に寮を出る事を伝えられた。
そして今朝、僕が起きた頃と同じくして森岡が携帯で誰かと会話をしながら寮を出て行った。
朝の食堂は数えるほどしか生徒が居なくて、いつもなら人で溢れかえり狭くも感じるのに今は怖いくらい広い食堂だった。
こうやって見ると天井が凄く高い。
日頃あまり来ない食堂だけど、好んで座るのは窓際の席。ちょうど朝日が入り込んでキラキラと室内に入ってくるその光を見ながら食べ物を口に運んだ。
ぼんやりとスプリンクラーの回る庭を眺めていると、視界の端に入り込んだ人影に顔を上げた。
「ここ良い?」
目の前の席にトレイを置きながらさわやかな笑顔を送られた。
「・・・。会長・・・」
目では認識しているのに脳がなかなか認識してくれなくて返答がワンテンポ遅れた。
朝ベンチに行かなくなってそんなに経ってはいないのに、ずいぶんと会っていないような気がする。久々の会長の姿に急激に心拍数が上がっていった。
「田嶋は結局帰らないのか?」
「あ・・・はい。GWは寮で過ごします」
「そうか。・・・というか、久しぶりだな。あそこへはもう来ないの?」
あそこ、というのがベンチを指しているのはすぐにわかった。気になるのはその会長の言い回しが、まるで僕を待っていたとでも言っているように感じて・・・。
いや、気のせい。
「え、っと・・・」
「そんなの会長と一緒に居る所を他の生徒にでも見られたら一大事だよ。・・・ねっ?」
急に降って湧いた声に慌ててそっちに視線を送ると、生徒会室に手帳を持っていった時に相手をしてくれた戸口先輩がトレイを持って傍にまでやって来ていた。
「僕も一緒に食事しても良い?」
僕が小さくハイと応えるのを見て、戸口先輩も会長の隣に腰を下ろした。
「一大事って・・・。」
「会長はわかってないね、知らないところでどれだけの生徒が隠れて痛い目に合っているか。」
「・・・・判っていても俺だってどうしたらいいのかわからない。」
不貞腐れたように戸口先輩に目を向ける会長が意外だった。以前生徒会室で見た会長と先輩はしっかりとした上下関係を感じさせたのに、今の二人はとても砕けた感じだ。
きっとこちら側の二人が日頃の二人なんだろう。生徒会として生徒の前での態度がどうあるべきかを垣間見たようで、ますます尊敬させられる。
「田嶋・・・そうなのか?誰かに嫌がらせされたから・・・」
「ち、違いますっ!」
違う事はないけど「はいそうです」なんて言える訳がない。
「まぁ会長には近づかないのが身のためだって思っている生徒だって居るよ、高嶺の花、遠くから見つめているのが一番だ。」
「俺の意思は関係ないのか。」
「もう慣れたでしょう、そういうの。今だって生徒がいないから良いようなもので。」
「確かにな、他の生徒がたくさん居たなら俺だって田嶋に声は掛けていない。そのくらいわきまえている。」
目の前で繰り広げられる会話をどのくらいの生徒が聞きたいと思い願うだろう。僕がこんな会話に加わっていて良いのだろうか。とてつもなく貴重な時を過ごしていると自覚すると、食べ物もろくに喉を通らなかった。
「田嶋はGWは?」
「それはさっき聞いた。寮に居るらしい」
「会長には聞いてません。・・・寮に居るのなら退屈かもね。」
「あの、でもたまには街に出てみようと思っています。入学してから一度も出てないので・・・。」
「そう。まぁ一週間もあるし・・・あ!そうだ、今日も暇なら僕たちの手伝いとかしてみようと思わない?」
「戸口!」
「会長、人手が欲しいって言ってたのは会長でしょう?幸い会長と顔見知りみたいだし助けてもらえば良い。」
「あの、手伝いって・・・?」
「うん、生徒会の仕事が連休までに終わらなくってね、こっちに持って帰って来ているんだ。僕も明日からは寮を出るし、今日中になんとか終わらせたくって・・・よかったら田嶋に手伝ってもらおうかと。」
生徒会の仕事、そう聞いただけで恐ろしい。僕になんかできるわけがないだろう、と断る理由を慌てて探した。
「あぁ大丈夫。書類をファイルにしたり、お茶汲みとかそんな雑用だから。ほんと猫の手さえも・・・な状況なんだ」
目の前で懇願する戸口先輩を見て、断りきれない、と思った。それにお茶汲みくらいなら僕にだって・・・・できるかもしれない。
「座っているだけでもいいから」
「・・・・っ、座ってるだけって・・・」
「ほんと、会長と先週から缶詰状態で参っているんだ。僕を助けると思って!」
そんな必死な戸口先輩に思わず笑ってしまって、簡単な雑用なら、と承諾した。
僕と戸口先輩のやり取りを隣で聞いていた会長は何度も口を挟もうとして諦めては箸を口に運んでいた。もしかしたら日頃は戸口先輩の方が主導権を握っているのかもしれない。
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