僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
19
思わず口から出かかった驚きの言葉を飲み込んだ。自室に戻って扉を開けたら目の前に森岡が立っていた。
「どこ行ってた・・・購買?」
「うん・・・」
「んなの食ってるから細いんだ、ちゃんと飯食えよ」
僕から袋を取り上げて栄養補助ゼリーの入った袋を覗き込みながらそんな事を言った。森岡は僕に無関心なのなら、そういった事を口にして欲しくない、なんて思ってしまうのはさっきの森岡を、佐古と一緒に居る森岡を見てしまったからだ。
いつだって、気付かなければ大したことではないのに。全ては僕には関係なくまわっている出来事でしかないのに。
森岡の手から袋を取り上げると、足を部屋に向けた。
「―――いっ」
そんな僕の腕を捕まえて、森岡が僕を引き寄せる。よじれた体は急な動きに痛みを訴えて、脳裏には風呂場で見た傷跡がよぎった。
「・・・腹傷むんだろ?見せてみろよ。」
「やだよ、なんともない。」
佐古と、体を重ねた森岡に・・・なぜ佐古から受けた傷を見せなきゃいけない?
意地になって、森岡の手を拒んでいたら、舌打ちした森岡にリビングのソファーに放り投げられた。
「痛っ」
「みせろっつってんの。」
森岡の見下ろす視線が、真剣で・・・僕にはそれが恐怖に感じて思わず視線を外した。そして力を抜いた。意地になって森岡が気分を悪くして、また僕に降りかかるのならさっさと身を差し出すまでだ。
裾から入った手は、静かにスウェットを持ち上げて、胸の辺りまで引き上げられる。傷を真剣に見られて戸惑う。森岡の手が腫れているであろう場所を何箇所も触って、傷を辿るように腰や背中に回る。下のスウェットにまで手を掛けられて、慌てて森岡の手を押さえた。
「足見るだけだ。」
そう言って、ズボンだけを下ろされ、太ももを辿る。
手が離れたところで、上げられたままの服を下ろして視線を森岡に向けた。
「上げとけって。」
そう言った森岡の手にはシップが握られていた。
「え?」
「は?」
「・・・シップ?」
「痛いだろ?管理室からもらって来た。いっぱいあるから山のように貼ってやるよ。シップ臭にまみれて眠れ。」
「つ、めたっ!」
森岡はニヤリと笑ってシップのフィルムを剥がしては、僕の肌にどんどん乗せていった。
「こんだけやられてたら飯も食えねーか。痛いだろ?」
山のようになったシップのフィルムを森岡がゴミ箱に突っ込む。
「そういうわけじゃ・・・食堂行くにも微妙な時間だったし。・・・それに痛みには、慣れてるから。」
どれだけお腹が痛くても、どれだけ体が痛くても、ご飯を出されれば残せなかったし、うずくまってなんかしてたら邪魔だと罵られた、そんな過去。
自分のベッドにたどり着くまではどんなことだって平気だ。
「・・・・。」
「あ、ありがと森岡。シップ貰って来てくれ・・・っ」
上げた顔に、森岡の近くなる頭。その先の行為を考えるよりも先に手が出て、森岡の口を僕の手が塞いだ。
「な、ななにっ」
「何って?」
塞いだ僕の手を森岡が剥がして、森岡の舌が―・・・僕の指に絡まる。
「―――っ!」
引くことも許さないと言わんばかりの力で、森岡は僕に視線を向けながら舌を指に、手の甲に、腕に・・・と這わせていく。
「や、やめてよっ!」
耐えられない。
浮かんだ佐古とのキスシーンに、その唇で先ほどまで佐古を翻弄させていたんだと思うと、耐えられない。
森岡が、佐古の付けた傷までもを欲しがっているようにしか感じ取れない僕もおかしい。
けれど一度生まれたそんな考えは僕を蝕んでいく。
「やめて、よ・・・」
「椿?」
そんな森岡を見たくない。
「椿?いくら俺だって傷付いてる時に体を重ねようなんて思わねーよ。・・・でも、キスだけ。」
そう言って、僕の頭を持ち上げるように森岡が触れる口づけをした。
その唇に触れた感覚が鮮明で。
こんな時こそ感覚なんて要らないのに。
残酷だ。
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