僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
04
朝起きて、また耳の痛さに苦笑した。あのまま・・・また寝てしまったらしい。ぐしゃぐしゃの頭を掻きながら、耳に当たったままのヘッドフォンを外し、顔を洗う為に部屋を出た。
洗面所で出くわしたのは、シャワーを浴びた後らしい佐古。
まさか・・・一晩森岡の部屋に?
今まで何度も人を連れ込んではいたけど、朝まで居るのを見たのは初めてだった。
佐古は驚く僕を一瞥して、洗面所から出て行った。
僕と親しくしようなんて気は全くない事が伺える・・・。
僕が洗面所を出た時にはリビングに佐古の姿はなく、また森岡の部屋に入ってしまったらしい。森岡はもう起きているのだろうか・・・。
制服に袖を通すと、いつものように少し早めの時間に部屋を出る。
徐々に春の暖かさから、新緑の季節へと移行してきて、学校へ向かう道の緑が綺麗に映えはじめていた。
「おはようございます・・・」
「おはよう。」
一度本から視線を外し僕を見て微笑んでくれる会長。
良かった、今日も会えた・・・。
毎日登校しながら思うことは会長がベンチに来てくれるかどうか。
忙しい人だから、朝といってもそんなに頻繁に時間があるわけではないらしく、読書をするというそんな貴重な時間を僕も邪魔をしないようにと心がける。
「春と言うよりも夏に近いな」
「そうですね。緑がとても綺麗です」
そう言って頭上の大きな木を見上げる。朝の清清しい日差しも夏になればうっとおしいくらいの暑さになるのだろうか。
その頃にはもう会長は外では読書をしないかもしれない・・・。
思えば思うほど、僕にとっても貴重な時間。
「田嶋は・・・ゴールデンウィークとか実家に帰るのか?」
「え?・・・・あぁ・・・寮には居れませんか?」
「いや、夏休みと冬休みは2日ほど追い出しくらうけど、ゴールデンウィークは居ても大丈夫なはずだ。」
その言葉にホッと息をついた。
「・・・帰らないのか?」
「えぇ。できれば。」
「寮に入りたてとかだと皆ホームシックとか、親も心配してたりするんじゃないか?」
「・・・・・僕の家の場合はないです。そういうの。僕三男なんで、あまり心配とかされたことないです。寮生活だって上の兄がずっとそうだったんで・・・親も慣れてて。」
家に帰ったって、誰も居ない。
僕が家に帰っていることすら気付かないかもしれない。
この学校に来てから、親に電話をかけたりしている人を見るけど、僕からかけたこともなければ、かかってくる気配もない。
「そうか、田嶋は三男なのか・・・」
「えぇ。女の子が欲しかったみたいです。名前もだから椿って、名前で。」
・・・恥ずかしかった。
自分の名前の由来なんか会長に言うなんて。口から出てしまってすぐに後悔した。
「―・・・椿って、いい名前だよ。綺麗だ。控えめ、優しさ、魅力・・・って花言葉。」
「すごい、何でも知ってるんですね。」
「色によって花言葉は変わるみたいだけどね。読んだ本に書かれていたことがあって・・・それで覚えていたくらいでたいした事じゃない」
会長に、そんな風に言われたら・・・。
自分の名前が“つばき”ということで女っぽいと言われる事に引け目を感じたことも、嫌いだと思ったこともなかったけど、会長の一言で自分の名前に自信をもてた気がする・・・。
花言葉には到底似つかわしくない僕でも。
この名前を好きだと、思える。
「つばき・・・。・・・ありがとうございます。」
「ん?」
「すいません、今日はもう行きますね。」
今日はたくさん、嬉しい言葉を貰った。
あまり長く会話をすればするほど、もっと居たいと思ってしまう。そして僕と会話をすることで会長の貴重な時間を削ってしまうから。
だから・・・ベンチでの会話は少ない方がいいんだ。たくさん会話をすると、その分だけ終わりが早い気がしてならない。
一日の始まりは小さな幸せで僕は十分なんだ。
下駄箱までの足取りが軽くて。
何度も何度も頭の中で、会長の言葉で“椿って、いい名前だよ”と思い返して、ほころぶ口元を抑えることができなかった。
あと少しで下駄箱、というところで。
校舎の影から現れた人影。
「・・・佐古」
じっと、射抜くような視線を
僕はその場で受け止める事しか出来なかった。
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