僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
16







「ごめん」




 引き寄せられ、膝を着いた姿勢のままの僕に降ってきたのは瀬川のそんな言葉だった。

「え?」

「俺と相川・・・昨日横にいた女顔のヤツな?なんか廊下で騒いでからお前が変な噂立てられて・・・」

 まさか、謝られるとは思わなかった。しかも赤毛の彼の方になんて・・・予想外もいい所だ。
目をぱちくり、と見開いて瀬川の言葉を噛み砕いた。

「いい、よ。・・・噂もそのうちなくなるだろうし、少しの間我慢すれば良いから・・・」

 我慢は得意分野だから、なんてこと無い。

「気に・・・してくれたんだ?」

 未だ僕の腕を掴んだままの瀬川が、気まずそうに視線を逸らした。

「一応な・・・俺等がきっかけだろうしな。今日の食堂の噂話を聞いてマズったと思った。」

 また冷たい風が吹き抜けていき、僕の髪を舞い上げた。

「ありがと・・・。」

「――――お前・・・」

「?」

「・・・笑ってる方がいい」

「え?」

 そう言って瀬川の手が僕に伸びて、前髪をかきあげた。開けた視界に瀬川の顔が飛び込んでくる。

「なんつーか、無表情じゃなくって、もっと感情を表に出せよ。前髪で隠してないで、さ。俺に対する嫌悪とかでも・・・そんなんでもいいから。」

「嫌悪って・・・そんな。」

「こっちがどう思われてるのか、お前の表情じゃわからねーよ。人間って表情でも会話する生き物なんだぞ、むしろそっちが重要だろう?」

 露になった額をまた冷たい風が撫でていく。
 その冷たさに、恥ずかしさに、慌てて髪を下ろそうとするのになかなか瀬川は手を離してくれない。

「まぁ・・・ただでさえ質素な顔なんだからさ、少しくらい華やかに見せようと思えば良いんじゃね?」

「っ!し、失礼だよっ」

 確かにこの学校には可愛い子はたくさん居る。昨日森岡が誰かを連れ込んだという事実から、そして男子校だと思えば、そんな可愛い子が恋愛の対象になるのも頷ける。

 だからこそ、森岡は僕のことをそばにある都合のいい身体として認識しているように思う。
昨日のキスだって、きっと面白がっての事。

 瀬川の手が離れると、パサリと前髪が下りてきた。

「じゃ、俺行くわ」

「・・・うん。」

 もう少し、会話をしたいと思った。初めて会話らしい会話をしたんじゃないだろうか。

 けれど、彼を引き止めた所で何を話すわけでも、何になるわけでもないか・・・と去っていく背中を見つめた。




 昼休みが終わり、教室に戻ると森岡が居なかった。
そのまま午後の授業には姿を現さず、もしかしたら僕の発言が何か森岡の気に障ったのかもしれない・・・と思うとなんだか気持がざわついた。





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