僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
10
重い気分を引きずりながら寮に戻ってくると、部屋に入って一番に、くぐもった声が聞こえてきた。
その声に身を固める。
『―――あぁっ!・・・ん!』
大きな音をたてた森岡の部屋の扉。
何が。と一瞬思ったけど、扉のすぐ向こうでどんな行為が行われているのかは明確なことで・・・。
あまりの激しい音に今にも開いてしまいそうな扉に視線を送って、そっと自分の部屋に逃げ込んだ。
まさか、他人のこんな声を耳にする日が来るなんて。
森岡が自室に誰かを連れ込むなんてこと・・・・そりゃ年頃の男だったらそんなこともありえる話だ。
だが、あの声は男だっし。
たとえば外から女性を連れ込むにしろ、寮に部外者を入れるときはそれなりの数ある許可を得なくてはいけない。
だからあの声は同じ学校の人間って事になる。
扉を閉めてもかすかに聞こえる艶かしい声色に、居たたまれなくなってくる。
そして、そんな官能的な声に、思わず森岡との行為を思い出した。僕もあんな声を出していたのだろうか。
森岡には、僕だけじゃなく他にも抱く人間がいるということも・・・軽そうなヤツだってなんとなく分かっていはいたけど、実際こんな場を知ってしまうとなんなんだろうか、このざわつきは。
軽く誘われてそれに答えたのは僕自身。
傷つくにはあまりにも軽くて曖昧な一時の関係じゃないか・・・。
誰もがいつだって僕に感心なんてないじゃないか。
また、CDを聞こうとスイッチを入れ、周りの音が聞こえないようにとヘッドホンを用意してベッドに沈み込むと頭から布団を被った。
そうやって一人だけの空間を作り上げる。
昔から変わらないスタイルだった。
次ぎに気付いた時は部屋は真っ暗で、いつのまにか寝ていたらしく時計を見れば21時を回っていた。
今日も夕食を食べ損ねて。
ヘッドホンからはもう何週目になるのか分からないくらい回ったであろう音楽が流れ続けていて、それをそっと外し森岡の部屋から音がしないことを確認すると、静まり返った部屋に安堵した。
あまりにも想像よりもかけ離れた高校生活の始まりに、気分が沈んでいくのが分かった。
それでも、明日は何かいいことがあるかもしれない。
今日よりはマシな一日になるはず。
明日はちゃんと食堂にも足を運んで、ご飯もたべれるから。
まだまだ高校生活は長いんだから、これくらいで沈んでいる場合じゃないだろ。
気を取り直して、気分もさっぱりしようと風呂へ向かう支度をした。物音が聞こえてこないから、森岡の邪魔になることはないだろう。
そう思って部屋を出た。
「・・・・森岡」
「椿・・・部屋に居たのか」
部屋を出ると、リビングには風呂上りなのだろう森岡が、ラフな服装でペットボトル片手にソファでくつろいでいた。
「うん・・・・居た」
「いつから?」
「学校終わって、すぐ・・・くらいかな。」
生徒会室に行っていたと言っても、そんな大した時間居座っていたわけでもなかったし。
「じゃぁ、聞いてたんだ?」
「え?」
「喘ぎ声」
振り向き、ニヤリと笑う森岡の口が昨日の行為を思い出させた。そして、先ほどまでの艶かしい声が耳に張り付く・・・。
「・・・・・・」
「ぬいた?」
「なに、言って・・・」
森岡はそろりとソファから立ち上がると、音も立てずに近づいてきた。
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