僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
25
何気ない日々を過ごして数週間が過ぎた。
変な感じだけれど、僕の様子を伺う事をきっかけに森岡との距離が近づいているのを感じていた。
それと同じくして、自分の中での変化も出てきた。
決していいものではない。いつもと変わらずイヤホンを耳に突っ込んで音楽を聞き流していたり、そのまま布団にもぐりこんで眠りを待っていたりする時に、何の前触れもなく、涙が流れる事がある。
その他にも、ぐうぅ、っと胸が上がって来るような、まるで胸焼けのような吐き気のような感覚に襲われて、何度も眠りの入り口から飛び起きた。
指先の冷え、頭痛も、日によって違えど垣間見れるようになった。
始めは風邪でも引いたのだと思っていたのだけど、すぐにそれらの症状は治まる。
森岡が気にしていた後遺症みたいなものだろうか、などとも考える。けれどカウンセリングなどと言うものを受ける気にもなれなかった。
この場合、僕にとって大事なのはそんな症状ではなくて、この症状から自分の感情や感覚を切り離せない事にある。
カウンセリングを受けてそんなことを口にしてしまえばどうなる。
それこそ、そこを突かれてしまえば僕は僕でいられないんじゃないだろうか。今までの自分を全てなくしてしまうんじゃないだろうか。
第三者に自分の頭を覗かれるような事…今更、されたくない。
過去も含めての今の僕なのだから。
そう、思えるようになったのだから。
誰にも接触せず、自分だけの世界は僕が望んでいた自由な場所だった。
嫌な事も辛い事もない。同じくして楽しみや喜びなんかもないけれど、時折森岡が僕のことを気にかけてくれる事が唯一の安心で、それが僕の緩みになっていると思う。
一時のものだろう。
そんな森岡にも慣れてしまえば、もしくは森岡が僕に気に止めなくなって、ようやく再び僕が僕として居られる。
気を緩めて、今に慣れてしまってはいけない。
きゅっと目を瞑って、流れた涙を袖で拭う。もぐりこんでいたベッドで布団を握り丸まった。
ヘッドホンから流れる音楽は、穏やかな風を思わせるサウンドトラックだ。
「椿、良いか」と部屋に入ってきたのは森岡。僕はこのところずっと学食にも寮の食堂にも行かず、部屋で食事をしていた。
今も、昼休みに一度自室に戻っていたところだった。
「三食のうち一食くらいは食堂で食べろよ。栄養偏るだろ」
コクリと頷いて、口に入っていたサンドイッチを飲み込んだ。
そんな僕を見ているのか見ていないのか。森岡は明日の天気でも口に出すように、簡単に言葉にした。
「薮内と話しできそうか?」
思わず固まった。
いつかは話をしなくてはと考えていたから、たいしたことではないのに、動かない体は自分の物ではないみたいだった。
「…うん、できるよ」
ぎこちなく動かした頭で、森岡の方を向く。
森岡は無理しなくていい、なんて言葉は口にしない。本人も言ってた荒治療タイプだからだろうか。
「夕方、戻ってくるから。そのときにまた俺が声かけるから」
「わかった…。詠仁さん、戻ってくるんだ」
「細かい事は本人に聞けよ。向こうも椿に聞いて欲しいはずだから」
自分の鼓動が大きくなっている。
痛いくらいに打つそれに、手を沿わせようとしてやめた。森岡には勘ぐられたくなかった。
詠仁さんに対する恐怖はない、なら、これはなんなのだろう。
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