僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
22
気がついたら病院だった。
森岡が言うにはもう二日ほど入院しているらしいのだけど、僕は寮に帰って、話して、吐いて、ベッドにもぐりこんだ所から記憶が飛んでいた。
体力の快復だけのためという事で、毎日点滴だけされて、それ以外は何もすることがない。
本やCDを森岡が用意してくれていたけれど、倦怠感から何もする気が起きなかった。
今も凄く眠たくて。
先生は疲れているからたっぷり休めるように、眠りやすい薬を点滴から少し入れていると言っていた。
森岡のお父さんの知り合いの病院らしく、森岡の計らいで僕の親には連絡が入っていないとの事だった。
五日目にしてようやく普通の食事を摂るようになっていた。点滴も取れて、明日には遼に戻っても良いだろうという事だった。何も持たずに入院したので、大した荷造りも必要なく、僕はその日も森岡が寮から持ってきてくれたCDをぼんやりと聴きながらあてがわれた個室で過ごしていた。
浅い眠りを繰り返していると、扉の開く音に目を開けた。
森岡だろうと思って僕はまた目を閉じようとしていたのだけど、森岡とは違う柔らかい栗色に再度目を開いた。
「佐古…」
「よう。…元気そうだね」
佐古が優しく微笑む。
そこに哀れみが含まれているのは僕にも判った。その哀れみや同情は…きっと自分を重ねているから。
「話しは森岡から聞いた」
僕は頷くだけだった。
「もう退院って聞いたから、何も持ってこなかったんだ」
「うん、いいよ」
僕が体を起こすと、佐古はおずおずとベッドの傍の椅子に腰を掛けた。
外の光を受けて、佐古の髪が光る。甘い顔と活発な性格。佐古の魅力は十分に分かっているのに、垣間見せる表情の一つ一つに引き込まれる。
僕もそんな佐古の表情にドキドキするんだから、詠仁さんが手放したくないのもよくわかる。
詠仁さん…
「元気かな」
「えっ?」
「詠仁さん…元気?」
佐古の眉間にシワが寄った。
「そんな心配、…自分の事考えたら?」
「ねぇ、詠仁さんは元気?」
「…学校には来てない。けど、大丈夫だから。森岡の親父さんちゃんとしてくれるから…安心していい」
僕は自分の体を抱えて「そう」とだけ答えた。
佐古の時も、森岡のお父さんが全てを治めたのだろう。
僕よりも酷い事されて、自分もカウンセリングを受けるまでの身になったのに佐古は今でも詠仁さんの近いところにいる。
頼み込んででも何でも、詠仁さんと離れることだって出来ただろうに、何故?
「佐古と詠仁さんって…昔、」
「うん。――詠仁って、寂しいヤツなんだよね。だから、こうなっちゃうのかな。きっかけは些細な事なのに…」
はにかんだ佐古の表情で、僕は分かってしまった。
佐古もまた、詠仁さんのことを…。
あんな事があっても詠仁さんを憎んでなんかいない。詠仁さんを受け入れて、傍に居るんだ。
詠仁さんの弟である森岡の傍に居るのは、詠仁さんとは安全な距離を置きながらも一番近くで見ていられる場所だから。そんな佐古の健気な姿…。
「詠仁も、ちゃんと自分を理解しなきゃいけないんだよ。同じ過ちを何度も犯して、ほんと、馬鹿だ」
待ってる。
佐古が待ってる。
脆くて弱い、詠仁さんの心身の成長を。
森岡も佐古は強いって言っていた。負った傷だけじゃなくて、詠仁さんを待つ強さも含めてだったのかもしれない。
俺はそんな二人の間に入って…
詠仁さんに同じ過ちをさせてしまった
「佐古、ありがとう。お見舞いに来てくれて…僕はもう平気だし。そんなに応えてないから。詠仁さんとも先輩と後輩として普通の関係に戻ろうと思うんだ…。まだ、言っては無いけど。詠仁さんも納得してくれるはず」
詠仁さんも佐古の事を想っているのだから、僕との関係を普通に戻す事なんて簡単だろう。
「馬鹿みたいだよね、僕」
ポロリとこぼれた言葉は自分に向けての呟き。
「えっ?」
「ううん、ほんと、ありがとう。また学校で」
佐古に退室を促して、部屋を出て行くのをベッドの上から見送った。
扉が静かに閉まるのを見届けると、体の力を抜いてベッドに倒れこんだ。
「――たい、」
体中が痛い。
今まで逃げてきた痛み全てが襲ってくるような恐怖。
全ては自分の為に、全ては、自業自得。
僕が詠仁さんと佐古の間に入ったからと言ってプラスになる事なんて無かった。詠仁さんにとってはマイナスだ。
僕が居なくたって二人は二人でやっていけてた。その未来の為に、二人共が感情を抑えて過ごしていたんじゃないのか。
二人にとって、僕は本当に邪魔なだけだった。
「くっ……、おっかしいのー」
一人で踊っていた。勝手に感情を昂らせて、自分が詠仁さんの傍に居てあげようだなんて、少しでも思ってしまったことが恥ずかしい。
そんな必要、なかったのに。
僕は必要なかったのに。
痛い。胸が痛い。
小刻みに震える体を一人抱いてベッドに丸まった。
痛みを切り離していた僕はどこへ行ったのだろう?痛くて痛くてたまらないのに、切り離すどころかどんどん痛みは増していく。
「痛い…、」
手で口を覆った。
誰か、と求めそうになる気持ちが渦巻く。こぼれそうになる言葉は全部飲み込まなくちゃいけない。
誰にも、この痛みを訴える事なんてできない。
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