僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
18





慌しく人が入ってきたかと思うと、その人物によって詠仁さんは羽交い絞めにされてしまった。
呆気に取られて、何がどうなったのかもわからない。

その人は「また同じ事を繰り返すのか」そう、言いながら、詠仁さんの体を床に放った。
そしてその人が僕に向き合ったときにやっと、以前もここで会った、秘書だと言う人物ということに気付いた。

「首は大丈夫?申し訳ないことをした。他にも…傷はあるみたいだね。後でゆっくり…慰謝料のことも含めて、話をさせてもらえるかな」

慰謝料という言葉に、僕は慌てて首を振る。

詠仁さんが僕につけた傷に対する慰謝料だ、と理解すると胸の奥で嫌なものが広がった。

「詠仁くんに酷い事をされていたんだろう?あの時、私は逃げるように言ったのに」

詠仁さんは僕の首を絞めていたわけじゃない。フリをしていたんだ。そう、口にしたくても僕の口は思うように動いてくれなくて、ただ違うんだと首を振ることしか出来なかった。

「…違う、っ」
「何が違うとでも?現に私は目の前で君の首に掛かった手を見ているのだよ。頬にも、痣があるじゃないか」
「こ、これは…」

なぜ、こんなところで怖気づく。

最後の最後で詠仁さんが、僕に有利に働いてくれたのだと分かってしまった。
それをこの人にどう説明したら良いのか分からない。
たたみかけられるような言葉に反論できない。

「椿、帰るぞ」

部屋の外、ちょうど入り口から聞こえた声に、僕は弾かれた。

「…森、岡っ」

なぜ――、なんで、森岡がここに僕を迎えに来たの。
詠仁さんと佐古の過去、…そして森岡?


「早く立てよ。戻るぞ、寮に」

腕を掴む森岡の握力は痛いくらいの物だった。外そうとしても簡単には外させないと暗に言っている。

「……詠仁さんも、一緒に帰る」
「何言ってんだ」
「詠仁さんも一緒に帰るんだよ。僕、じゃないとここから、出ない」

抵抗した所で、森岡が離してくれるとは思えなかった。
けど、ここで詠仁さんを置いて行きたくは無かった。

――僕だけでも

そう漠然と思った。
同情かもしれない、哀れみかもしれない、けれど詠仁さんの痛みを少しでも和らがせる事が出来るならって、一心だった。

「お前、見てみろよこの手首。縛られて傷まみれだって分かってんだろ?青痣だって一杯ある。裸にしてみりゃまだまだ出てくんだろうが!そんなんで、」
「嫌だ!森岡には、分からないだけで…」
「うるせぇ!そんな体でまだ薮内の傍に居たい気持ちなんて分かりたくもねぇんだよ」

ズルズルと僕の体を引きずって、森岡が部屋を出ようとする。僕は重心を下げて、少しでもと抵抗を見せ続けた。

「車、頼む。そいつはほってても大丈夫だろ。どうせまた一緒だ」
「分かりました」

長身の秘書は、森岡の言葉に綺麗な動きで部屋を出て行く。
森岡はなかなか動こうとしない僕に舌打ちをして、再度部屋に居る詠仁さんに向き合った。

「いつまでも厄介な人間だなぁ。てめぇの尻拭いを俺はいつまでさせられんのかね。少しぐらい兄貴らしい所見せたらどうなんだよ!弟に世話されて、プライドねぇのか」

「――…うそ」

森岡が嫌味をたっぷりこめた言い回しで投げつけた言葉は、僕にも衝撃を与えた。

森岡は嫌な物でも見るような視線を詠仁さんに送りつけていた。
詠仁さんは何も喋らない。
まるでここに独りでぼんやり寝転んで居るように天井を見つめたままだった。

「もっとさ、受け入れて生きていけよ。仕方のない事をいつまでも引きずってんなよ」
「森岡、駄目っ」
「うるせぇよ。椿はだまって帰ってりゃ良いんだ。お前こそ何も分かってなかったりするんだからな」
「僕は森岡よりも…詠仁さんの気持ち、分かると思う…」

少なくとも、ここで生活して詠仁さんの気持ちや生い立ちを聞いて僕は彼の心情を考えてきたんだ。

「椿が薮内の事同情するのは好きにしろよ。けど、薮内が見てないものは、お前にも伝わるわけないだろ。狭い視野で生きてるヤツを庇ったって、椿じゃ何の意味もねぇよ」

それは、僕がまだまだ未熟だと言っているようなもので。

「中途半端に触れるな」と森岡は最後に小さく、僕が辛うじて聞き取れる程度の声を洩らした。

なら森岡には分かるのか。
同じ年数を生きてきても、人間に差が出る物なのか。

いや、出る。
僕は兄の背中を見て、その差に愕然としながら生きてきたじゃないか…。

なら、森岡は一体どんな風に今まで生きてきた?
詠仁さんを兄だと言うのなら、その事実を受け入れているのだろうか。
生きてきた過程によっては、年齢は関係ないのかもしれない。

「なぁ、椿。ここに居ても何も変わらない。お前だけじゃなくて薮内も。一度寮に戻って頭冷やしてみろよ」

真摯な森岡の眼差しに、僕は抵抗するのをやめた。






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