僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
16






「このところ、父親に呼ばれてたんだ。アイツが…母親が、色々金使ってるとかで。このマンションに、俺のところに戻ってるのかって聞かれたりしてた。いつもだったら避けてた親戚の集まりにだって無駄に呼ばれて――ただの恥さらしなのにな…っ」

詠仁さんの指先がきつく結ばれた。

「父親には、ちゃんとした家庭がある。父親にとって…俺はただの駒だ。色んな企業に手を出してるらしいから、何かに使える時が来るだろうって考えだろうな。親戚の集まりなんかに出席させるのもそのせいだ」

無心でいたくたって、そうは居られないだろう。父親の親族からの視線を受けて、詠仁さんはただ耐えるしかない。
その気持ちが、自分とシンクロした。

疎ましがられてもそこに在りつづけなくてはいけない。

「母親が母親だからな。家になんて居やしなかった。ずっと男追っかけて、自分の楽しみだけに生きてるんだ。だから、そうでもしないと生活できなかった。今なら働いてでも生きてやるって思えるのにな。幼い頃は誰でもいいから大人に縋って居たかったんだ。さも父親が毎日家に帰宅してくるとかさ…嘘ついたりして。そうでもして、普通の子供で居たかった」

詠仁さんと僕の間に温い風が吹き抜けた。
立場は違うのに、詠仁さんの気持ちが手に取るように分かる。求めているのは唯一つ。
きっとそれを諦めてしまって、そうしてここまでやってきた。

慣れるしかなかった、孤独に。

「どうすりゃ傍に居てもらえるのか、ずっと考えてた。せめて母親の気持ちが外に向かないようにって、必死になってさ。ガキの俺は馬鹿みたいに、頑張ったよ」

詠仁さんの掌が、僕の手の甲に重なった。ただ触れるだけ、ただ乗せられるだけ。柔らかいそれは今にも消えてしまいそうだった。

「わかんねーんだ。どうやったら繋ぎ止めておけるのか。どうすれば、」


愛してもらえるのか
どうすれば、愛し続けてもらえるのか―…


人に対して不器用なのだ。
ただ傍に居て欲しいと、口で伝わらなければ、どうして良いか分からずに相手を傷つけて。


詠仁さんは深呼吸すると、その場に大の字になって転がった。陽射しが動いて、日陰がなくなろうとしていた。汗がじわりと滲んでいたけど、風が吹けば心地よかった。

「裸足になって、寝転ぶの好きなんだ。気持ちいいだろ。外でやるのが一番だ…空の大きさを感じ取れて」

背筋に電気が走った。

それは驚きなのか、フラッシュバックの要素なのか。
ただ、僕は目を見開き、大きく手足を伸ばし光を体で受ける詠仁さんを見つめた。

高い天井
並んだ多くの料理
裸足で歩いた螺旋階段
足の裏に感じる、絨毯の、大理石の、感触――…

「ぁ…」

はしたないと言い放つ母親の剣幕。

幼い頃の記憶、彼の顔なんて覚えていない。ただ自由で羨ましいと思った。自分もそうなりたいと、ハメを外してはしゃいだ。


「ご、め…」

僕の口から消えそうな声で漏れたのは、謝罪だった。
あの母の態度に対する謝罪なのだろうか…無意識で、それが正しい事なのかも分からない。
それ以上に懐かしさと切なさがあふれ出し、僕は詠仁さんに抱きついた。

「椿ちゃん?」

何も言葉は要らなかった。
自分の気持ちもよくわからず、なんと言葉にして良いか分からなかったから。




「俺と、椿ちゃん…二人まとめて寮に戻ってない事を感付いてるヤツが居る。もう、終わりだよ」

抱きついた詠仁さんの胸は僕とは違い、静かな心拍を伝えてくる。

「終わりって…何が」

「アイツが来て、この生活が終わる――。ごめんな、椿ちゃん。辛い思いさせて、ごめん」

遠く、部屋の中から電話の着信が響いた。






※椿の過去の記憶は4章20を参照



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