僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
08






 慌てて教室に戻りそのまま授業を受けている僕は、教師の話しには何一つ集中することが出来なくて、ポケットの中の手帳にばかり気が向いていた。

 昼休みも終わってしまい、後で届けようと思ったものの、どこに届けるべきなのか分からない。
 書かれていたクラスに届けるのが一番良さそうだったけど、三年生の校舎に足を踏み入れることに戸惑ってしまう。生徒会室なんてなお更緊張する。いっそのこと職員室に持って行けば、何とかなるだろう。


 視線を教壇に立つ教師に向けようと顔を上げた時に、視界の隅に森岡の金色の頭が飛び込んできた。眠っているのだろうか机に伏せていて、自由な校風だが森岡のその頭も、そんな態度も目立っているようだった。

 急に昨日の事が思い出されて、顔が熱くなる。

 まさか自分があんなことを、あんな目に遭うなんて・・・。そして諦めるということが簡単だった事。簡単に現実から逃げることが出来るんだと知ってしまった。諦めてしまえば、あんな中身のない性行為で傷つくことなんてない。

 この身体に残った痛みだって、しばらくすれば薄れて行くものだ。
体の傷なんて、そんなものだ。








 授業が終わると僕はすぐに席を立った。出来るだけ早く、この手帳を職員室に届けようと思ったから。きっと会長だって手帳をなくして困っているだろう。

 廊下には多くの生徒が行き交っていて、さすが中学からそのまま上がってきただけあってすれ違う者同士が足を止めては立ち話をしていたり、友達に会いに他のクラスに顔を出したりの生徒で溢れかえっていた。

 廊下の人ごみを縫うように先へ進んでいると、勢い良く横から飛び出した人影に、避けることも出来ず大きな衝撃を身体に受けた。
 バランスを崩した身体を持ちこたえることが出来ず、僕はそのまま廊下へ尻餅をついた。

「――っ、く」

 その衝撃は今の僕にとっては苦でしかない。何とか歩いているような状態だったのに、またズキズキと痛みが疼きだす。

「わぁっ! ごめんっ!!」

 その声に顔を上げると、どうやら仲間同士で遊びじゃれている所に僕が通りかかったみたいで、押された彼が僕にぶつかった様だった。
 目の前に居るのは、僕と同じくらいの身長で、ここが男子校じゃなければ女の子だと見間違うような容姿をした生徒だった。
 僕の手を引き上げて立ち上がらせてくれて、思わず見惚れそうにさえなるその容姿に慌てて返事をする。

「あ、うん。僕こそ・・・」

「あっ、何か落としたよ・・・って、えっ?」

 拾おうとして、屈んだ彼の動きが止まった。
落ちていたのは今から僕が職員室へと持って行こうとしていた赤い手帳。
彼の手が止まったのはその手帳の色を見てなのだろう。なんで青いラインのネクタイをした僕が赤い手帳を持っているのか。

 動揺した僕が慌ててその手帳を取ろうと動くも、横から手が伸びてあっさりと取り上げられた。

「あっ、」

 その手が手帳を開く。

「・・・・織田、遥人・・・ってこれ会長の! 何でお前が持ってんの!?」

 女の子の容姿をした彼の後ろに立っている、赤い髪をした生徒が驚きの目で僕を見下ろしてくる。

「・・・そ、それはっ」

「どういう事だ!?・・・お前、まさか会長のファンか?おっかけか? それで手帳パクったとか?」

「えっ・・・ちが、違うよ!それは拾って――」

「なんで拾ったものがポケットに入ってんだよ」

「ひっ、拾ったのは昼休みでっ・・・時間なくって、今から職員室に、も、持って行こうとしていた所で、」

「嘘くせぇな」

「う、嘘なんか、じゃ、ない!」


 周りに居た生徒もそんな声を荒げた会話に視線を向けていて、必死になって弁解している僕がなんだか惨めにさえ感じてきた。

「ったく、根暗のする事はわかんねぇからなぁ」

「―――っ!」

 違う、と声に出そうとしたのにそれは音にならなかった。

これは僕がよく知ってるやつだ。

 僕の容姿を言われてしまえば、言い訳なんて出来ない。好きでこんな容姿じゃない。好きでこんな性格なんじゃない。
 くやしくて、言葉にすることも出来ず僕は唇を固く結んだ。


「行くぜ、生徒会室」

「・・・!?」

 ぐいっと赤毛の彼が僕の腕を身動きを許さないような力で捕らえる。

「突き出すんだよ、お前を」

「な、な、んでっ・・・」

「習っただろ?人の物は取っちゃいけないって。小学生でも知ってる事だ」

「―――と、取って、なんか・・・」

 あぁ、こんな感覚は初めてじゃない。
 知っている、これ以上僕が何を言ったって無駄だって事も。

僕が言ったところで、だれも。

 そうだ、諦めれば楽なんだっけ―――――。





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