僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
15
ギチギチと耳の奥で絶え間なく聞こえていた音。
そこに水音が混じり始めた頃、詠仁さんの口から謝罪の言葉が漏れた。
それはこの行為にか。それとも切れた傷口から溢れてきたであろう僕の血を見てのことか。
どちらでもいい、
謝罪の言葉なんて、どうでもいい。
◇
詠仁さんはそれから連日、僕の事を人形のように抱き、行為を、体位を、奴隷のように指示した。
そして挿入してすぐに謝罪の言葉を耳元で呟いた。
詠仁さんは出て行く可能性が低いと分かっていながらも僕を縛る事が多くて、体にはまた傷や痣が増えていった。
今更なのに、それがまた僕に諦めの気持ちを持たせた。
どのくらい日が経過したのか分からなくなってきた頃。朝、食事を前にして聞こえてきたテレビの声が、今日の日付を伝えてきた。
とっくに、夏休みは終わっていた。
僕はそのことに焦る訳でもなく、飲み込めない朝食を黙々と噛み砕いていた。
足掻いた所で、此処から出れるわけではないだろう。
「また…アイツが来る」
ポツリと詠仁さんの呟きが聞こえてきた。
アイツって?と問うだけの気力が僕にはもう無かった。全て、僕には関係ないことだ。僕の明日さえ、僕には分からないことだった。
抱かれるのか、抱かれずに済むのか。
食事は喉を通るのか、吐き出さずに胃から先へ進むのか。わからない。
「またおいしいとこもって行くんだろ。俺の元には、何も残らない」
詠仁さんの言葉は、とても孤独な呟きだった。
胸の奥にまで届いてくる、静かで寂しい呟き。
「椿ちゃん、行くなよ」
自分に向けられた言葉だと気付くのにしばらくかかった。
「えっ?」
「……なんでも、ない。忘れて」
このところの詠仁さんは、いつも寂しそうに笑う。
今日はとても天気のいい日だった。夏の暑さは残っていたけれど、心地の良い陽射しがベランダから差し込んでいた。
「ベランダで日光浴するか」
ベランダを眺めていた僕にそんな言葉が掛けられた。詠仁さんは僕の答えを待つまでもなく、手をとってベランダに向かった。
広い広いベランダ。横に大きく広がったベランダはまだ半分程が日陰になっていた。
構わずに裸足でベランダに出た僕達は、その日陰に腰を下ろした。眩しいくらいの空の色と鮮やかな山の緑がそこに広がっている。
「俺が、椿ちゃんを傷つけてる事ちゃんと分かってるんだ。ただ止められない。この原因も分かってる」
詠仁さんは僕を見ないでそう、言葉を紡いだ。
「正直に言うよ。椿ちゃんに対する気持ちは執着だけだ。たまたま、そこに居たのが椿ちゃんだったからかもしれない。いや、椿ちゃんの弱みに付け込んだところもある」
詠仁さんの言葉に、傷つくだけの気持ちを持ち合わせていなかった。言葉が滑っていくようだった。
僕の弱みとは。
僕は常に弱い。詠仁さんが何の弱みに付け込んだのかもイマイチ理解できなかった。
「椿ちゃんが、俺に与えてくれた情に付け込んだ。俺は酷いやつなんだよ。けど…抑えることも出来ない」
搾り出した最後の言葉は、まるで助けを求めているように聞こえた。
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