僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
13






刺すような痛みは徐々に大きくなっていき、体中が腫れぼったくて冷たい所を求めるように身じろいだ。

ジンと響く痛みに顔をしかめる。

視界に入ってくるのはあの大きな窓とそこから見える空だった。

(詠仁さんの…ベッド)

僕はそこに横たわったまま、取り戻した感覚――痛み、を感じながらゆっくり呼吸をしてまた目を瞑った。

「椿ちゃん…、ごめんね」

静かな詠仁さんの声は、僕のすぐ後ろから聞こえてくる。思えば僕ひとりにしてはベッドの中が温かい。
僕は閉じた目をまたゆっくりと開いた。

「つい…、カッとなった」

何度も耳にした言葉だった。
カッとして、手を上げた。そんなつもりは無かったのだと皆言う。
そしてそれが重なり、手を上げている最中には全て僕のせいになっているんだ。

何度母親を呼んだだろう。
何度、痛みを…助けを口にしただろう。


僕は詠仁さんに声をかける気力も無かった。
とりあえず今はこの体に休息が欲しかった。考えたい事も沢山あるはずだけど、全てから逃げていたかった。

体は痛くて動かない。
視線だけを巡らせて、空を見る。この窓際で僕がこぼした黒い血液は跡形もなく綺麗に拭われていた。
今までと変わらない綺麗なフローリング。その筋をじっと見つめる。

何も変わっていなかった。ここは僕と詠仁さんが過ごしていた数日そのままだった。
ただ違ったのは、いつもは何もないサイドテーブルに置かれた消毒液と軟膏とシップ。袋から覗くそれらは僕に施された治療の物らしかった。

何か言いたそうにしながらも、詠仁さんはただ僕を後ろから抱きしめるだけだ。
その腕を怖いと思いながらも縋りたくなるほどの優しさに、

僕はこぼれそうな涙を堪えた。






二日も経てば僕は普通の生活が出来るほどになった。節々の痛みも残っていたけれど、いつまでも寝てばかりもしてられない。
詠仁さんはずっと僕の隣に居た。
何をするにも二人一緒。

償いの言葉と、優しい気遣い。
それらは僕を思っているようで僕を思ってくれてなどない。


ただの監視だ。


僕が離れる事を許さない。そう詠仁さんは自分が傍に居る事で伝えていた。
幸せだと思っていた詠仁さんとの生活も、徐々に夏の終わりが待ち遠しくなり、寮生活を夢見るようになっていた。この生活の終わりは夏休みの終わりと共に訪れるのだと信じていた。



詠仁さんの携帯が着信を知らせた。
携帯を取りに行くのにも、僕の腕を取り連れて行く。毎日の事で慣れてしまったとはいえ、それは僕に信用がないのだと言っているようだった。
出て行こうという気なんてない、そう伝えても詠仁さんは困ったように笑うだけだった。

携帯を通した会話は僕には良く聞こえなかった。
けれどあまり良くない電話だと言うことは声色と表情で伝わる。

「詠仁さん?」

携帯を閉じた詠仁さんは少し考えるようにして、僕から離れた。あの事があってから初めての距離だった。

「椿ちゃん、俺ちょっと出かけるから。すぐ戻ってくるよ…」

そう言いながら僕の元に戻ってきた詠仁さんの手には太めの麻縄が握られていた。
それを見て、自分の体が冷えたようだった。詠仁さんとの間に、空気が止まったような間が生まれた。


「詠仁さん、」

「…大丈夫。ただ、ここから出て行けないようにするだけだ」

「そんなこと、しなくても僕は出て行かない…」

何度も口にしたセリフだった。

「うん。けど一応」
「詠仁さん!」

僕の腕を取ると、詠仁さんは僕をすぐ傍のベッドに押さえつけた。抗おうにも蘇る恐怖に僕はなすがままだった。
痛みが怖いわけじゃない。あの詠仁さんを見たくないのだ。

腕を背中に回すと。肘の辺りから縄が通っていくのが分かる。辛うじて手首は動かせるものの、両腕の自由は奪われてしまった。

「僕は…逃げないです」

弱々しく、唱えるように言い続けた。

「これで少しは自由が無くなった。…あとは、これも」

そう言って詠仁さんの指が僕のズボンへと掛かる。
まさか、と思った時にはすでに半分ほど脱がされてしまった所だった。

「い…っ、嫌だ!」
「何もしない。脱がすだけだ」

ズボンを脱がし終えた詠仁さんは次ぎに僕のパンツにまで手が掛かる。抵抗すら出来ない速さで、下半身を曝け出した僕はただ恥ずかしさと悔しさで唇を噛んだ。

「これでズボン履くのは大変だから外には行かないだろ?腕は動かせないけど手首は動くから、ある程度の事は出来ると思う。トイレとか…」

僕は横たわったままシーツに頭を埋めるしか出来なかった。何を言っても僕の声は詠仁さんに届かないのだから。

「それじゃ、この家で大人しくしてて」

最後に詠仁さんは優しくキスを落として部屋を出て行った。

僕は物だ。
人間の底辺だと思っていたのに、とうとう物の扱いにまでなってしまったのだ。
悲しみよりももっと深い、切ないという感情よりも無に近い。涙すら出ず、また大きな窓から覗く空を見つめ続けた。





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