僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
12
怖いと思わないのは、痛みを感じないからだろう。
僕が痛がれば、良かったのかな。痛がれば相手は気がすむのかな。それを考えるようになったのは最近の事だった。
恐怖に震えて、涙を流し、やめてくれといえば、時間の短縮にはなったんだろうか。
今の僕はどうしたら痛みを感じれるのか分からない。
痛みで涙を流す方法が分からない。
痛がり方が分からない。
口の中が気持ち悪かった。口から流れている血はシャツを汚しているんだろう。
静かに動く詠仁さんの肩に、また次が来る事が分かり、今度は歯を食いしばってそれを受けた。衝撃と、骨が痺れるような重さを感じる。
こめかみの辺りが膨らむような感覚がして、視界がチカチカと光る。その奥は闇だ。
その闇が意識が飛ぶ直前なのか、此処が暗い夜の部屋のせいかは分からないけれど。
「俺は物じゃない…利用されるのも、都合のいい存在も御免なんだよ」
詠仁さんのはっきりとした声に、意識が持っていかれる。目に見えているのは大きな窓だけど、聴力と意識は詠仁さんに向いている。
なんとか詠仁さんを見たいのに、思うように首が動かない。体に力が入らない事がもどかしかった。
「どこに行ってた?どうせ逃げる気だったんだろ?お前も俺から離れるのか?簡単に、俺から…」
胸倉を再度つかまれて、問うように何度も何度も揺さぶられる。
遠くなる意識を保ってられるのも時間の問題だった。
「お前も静かな顔して俺を利用するつもりだったんだろ?いい金づるだと思ってんだろうよ。結局みんなアイツと一緒なんだ。そんで要らなくなったら捨てるのか。俺は物なんかじゃねぇ。ゆるさねぇよ、今度こそ――」
硬いフローリングに貼り付けられるように、詠仁さんが体重を掛けてくる。
許されない。
僕は、許されない。
寂しさから、不安から、独りから。逃れたいだけに詠仁さんを利用した僕は、許されない。
「ごめ、なさ…」
詠仁さんは僕を人形のように抱いた。
殴りながら、僕を抱いた。
詠仁さんが入ってきたときも、詠仁さんが唸るような声を出した事から、詠仁さんが痛みを感じているのだと思った。
滑らない孔を力任せに突き上げて。
責められているのだ。詠仁さんに。
甘えすぎて、詠仁さんを怒らせてしまったんだ。
大きな窓から差し込み始めた綺麗な月明かりを眺めながら、意識が遠のくのを心地よく受け入れた。
痛いって泣いている。
あの頃の僕が、痛いって訴えていた。
僕は顔を伏せると、しゃくりあげながら泣いていた。
床にうずくまり、肩を震わせて。
声が聞こえなくなり、肩の震えが無くなった僕が顔を上げると、そこに居たはずの幼い僕の顔は、詠仁さんに変わっていた。
詠仁さんが、静かに涙を流していた。
痛いって、声も出さずに泣いていた。
流れていた涙は頬に涙の痕さえも残さずにすぐに消えてしまったけれど、それでも詠仁さんの目は泣いていた。
僕は何度も謝った。
涙を流さずに泣く詠仁さんに謝った。
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