僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
11





マンションに戻る頃にはすっかり夜だった。

詠仁さんと食べるつもりだったピザは今更温めなおしても食べれそうにないだろう。折角の食べ物を無駄にしてしまった。

流れる景色を眺めながら、部屋を出て行く詠仁さんの後姿を思い浮かべた。

一体どこへ。すでに帰っているのか、しばらく帰ってこないのか、僕には見当も付かない。

結局、僕は独りになるのが嫌なだけじゃないのか?
詠仁さんの心配しているふりして、不安から逃げたいだけだ。

分かっている。
分かっているから、もう少しだけ。
寮に戻るまでの、今の間だけ…僕を許して欲しい。



静かにタクシーはマンションの前に止まった。代金を支払うと、僕の財布は本当に寂しい物になってしまった。学校が始まる前に一度お金を下ろさなくては、なんて考えながら詠仁さんの所から持ってきていたスペアキーでエントランスの扉を開けた。
高い天井が僕の足音を響かせる。
グンっと上がったエレベーターはあっという間に最上階にまで僕を運んだ。

玄関を開くと、一番に飛び込んできたのは詠仁さんの靴だった。

詠仁さんが帰ってきている。
安堵からの喜びに頬が緩んだ。

そっと靴を脱ぎ捨て、静かに廊下を歩いていく。見たところリビングには電気はついていないようで、もしかしたら寝室でうたた寝なんかしているのかも。なんて能天気に考えていたんだ。


寝室の扉を開くと、大きな窓がうっすらと月の明かりで浮かび上がっていた。深夜になればこの窓から差し込む月明かりは本当に明るく綺麗なんだ。

その明かりに映し出された影に、僕はそっと忍び寄った。

ベッドを背もたれにして、床に座り込んでいる姿は、初めて僕が此処に来たときと全く同じだった。
一緒に外を眺めたあの時間に戻ったかのような錯覚。

「詠仁さん…」

僕の呼びかけに静かに顔を上げた詠仁さんの表情は上手くうかがえなかった。
近づき、同じように座ろうと屈んだ時だった。
詠仁さんの腕が僕の胸倉に伸びた。そこから自分がどういう動きをしたのかなんて全く分からなかった。
感じたのは背中に大きな痛み。
そして息の詰まる、衝撃。

「っ!」

息を吸い込みながら開いた目は天井を見つめていた。
また胸元に詠仁さんの腕が伸びて、僕の体は簡単に浮いた。辛うじて着いているつま先に力を入れる。

「え、いじさ・・・っ」

伸ばされた腕に手を這わすと、力の込められ方が筋肉の動きで伝わる。

また、来る。

そう思った瞬間、また僕の体は壁に投げるように打ち付けられた。
あまりの衝撃に、空気が肺に入ってこない。
動けずにうずくまる僕をまた詠仁さんが引き上げる。

そこで僕は詠仁さんの表情をぼんやりと見つめた。
そして、ゆっくりと遠くなる視界に、僕の体が痛みを切り離し始めた事を感じた。


「詠仁さ」

僕が話し終わることよりも先に頬に重みが掛かる。それに任せたままの僕は、大きな窓際に軽々と吹っ飛ばされた。

衝撃の音もしっかりと聞こえる。
けれど痛みは感じない。

薄明かりに照らされた床に、黒い物がぼたぼたと落ちてゆっくりと広がっていく。
血だ、と気付いたのは鉄の味がしたから。

小さい頃に受けていた暴力とは種類が違う。
出来た傷の痛みを堪える事は得意で、受ける衝撃も自分ではどうしようもない物だった。僕にできることは体を丸める事だけ。
だからこういった事に慣れていない。
次また頬で拳を受ける事があるなら、しっかり歯を食いしばっていれるだろう。

そう考えながら、僕は癖のように体を丸め床にうずくまった。

けれど詠仁さんはそれを許してなどくれなかった。
肩をつかまれ仰向けに転がった僕に、詠仁さんは静かにまたがった。





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