僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
08






スプリングの心地よさから、そのベッドがとても高価な物なのだと伝えていた。

シーツの擦れる音と、粘りのある湿った水音。
防音もしっかりしているせいか、外の音は全く聞こえない。まるで密室の中に居るようだった。

「……ん、っ」

低めに設定した冷房は、お互いの熱の間では意味を成さず、しっとりと汗ばむ詠仁さんの背中に、僕はそっと手を回した。

「っ、う、あっ…」
「椿」

見下ろしてくる詠仁さんの視線は、何かを含んだ切ないものだった。

この行為を望んだのは僕だった。慰められたかったのか、慰めたかったのかは定かではなくて、ただあのまま明るくなった空を見て、眠気が訪れた身体を広いベッドに横たえてから、他愛のない会話をした。

あの家から逃げ出したという行為のせいか、睡眠を取らなかったせいか、どこか気分がハイになっていたのだろう。
ベットの上で腕を絡めたのは僕だった。
キスをくれたのは詠仁さんだった。
それをもっとと強請ったのは僕だった。




胸元に、ポタリと詠仁さんの汗が落ちた。
それさえも小さな刺激となって伝えてくるようで、ぎゅっと詠仁さんを求めると、より一層奥まった所へと詠仁さんの熱が入り込んでくる。

二人ともが、どこか雰囲気に酔っていた。

すっかり日の昇った時間、大きな窓からは直接の光は届かなくとも、十分に明るい。

「っ、っう……」
「…椿、ちゃん――」

明るさから逃げるように、自分の体を見られたくなくて、柔らかいシーツを手繰り寄せては引き剥がされる。そして小さくきれいだ、大丈夫だ、と呪文のように呟かれ、その度に開放されるように胸が膨れ上がった。

熱い吐息を吐く唇が、静かに肌に落とされては体が震えた。
己を解き放ったのだろうか、快感に素直で敏感に反応を示す。幾度と無くこみ上げる快楽。

「んあ、う、あぁぁ…!」

ズルリ、と引き出されたものが、また最奥まで一気に入り込んでくる。圧迫感と、快感によって僕はうなされるような声を上げた。

溜め込んだ鬱憤を吐き出すように、お互いが行為に没頭していた。相手のことを考えるよりも、自分の熱を吐き出す事に夢中になって。

「う、あぁっ!!…んん!」

快感に頭が真っ白になり、浮遊感を感じる。
自身が何度も跳ねているのが分かる。それを詠仁さんの手がしっかりと掴んで、そしてまた引き寄せられる。

「――っく、」
「ふ、あ…」

熱い――。



“早く、大人になりたいって”

“誰の手も借りずに、一人で生きていけるだけの力”

詠仁さんの口から漏れたその言葉の真意は、薄れた意識の中でふっと湧き出すように理解した。

僕は大きく息をしている詠仁さんの頭を愛しむように、引き寄せた。

「…詠仁、さん、ありがとう、…ございます」

あんな時間に会ってくれて、こんな傷ものの身体を抱いてくれて、そこに心が無くとも、僕はとても感謝している。
人肌が恋しくなる事、気持ちじゃなくとも行きずりでの行為に助けられる事もあるのだと、僕は知った。

僕が助けられた事、どうすれば詠仁さんに伝わるだろうか、どうすれば、詠仁さんの心を満たす事が出来るだろうか。
佐古ではなくて、僕にできること…。







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