僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
03






結局父の書斎からは本は借りずに出ると、自室に戻りCDを聴きながら何をするわけでもなく過ごした。

次の日も自分の持っていた小説を読み返したり、テレビをぼんやり眺めて過ごすだけ。
自分ひとりだと何に縛られる事も無いせいか、その数日、朝も晩も関係の無い生活を送った。

リビングではTVからクイズ番組が流れ、あまりの退屈さに瞼が落ちようとしている時だった。
玄関からの物音に慌ててソファから立ち上がった。

開かれたらしい扉のおかげで、家の中の空気が流れるのが分かる。その方向に向かって足を進めた。


「あら、椿」

大き目のツバがついた帽子に白いふわりとしたスカート。小さい頃から大して老けていないと思える母親が玄関に立っていた。

その後ろには久々に見る、大荷物を抱えた二番目の兄の姿。

「んだよ、椿居るなら椿使えよ」
「椿は車運転できないじゃない」
「使えねぇ…。椿、この荷物運べよな。俺は車、車庫に入れてくる」

兄が抱えていた荷物が自分の足元に置かれた。

「椿いつ帰ってたの?連絡くれれば良かったのに。あ、夏休み始まったのね」

ヒールを脱ぎ捨て、スリッパに足を入れながら何かを思い出すような仕草で問いかける母。僕の姿に、再会に、疎ましさが無いか、と一番に考えてしまう自分が嫌になる。

が、そんな心配を他所に、母のその声には嬉しさも無ければ疎ましさもない。3人目の子供の性…分かっているつもりだったけれど、本当に何事も無かったかのように、変らない母の声。

「一週間帰宅することになってて…。またしばらくしたら寮に戻るよ」
「あら、そうなの?少しくらいお父さんの顔見れるといいわね。本当なら今日帰宅するはずだったんだけど急な仕事で無理になっちゃって…折角迎えに来てもらおうと思っってたんだけど、結局は楓弥(ふうや)のお世話になっちゃった」
「…そう」

例えば、此処に僕が居なかったとしても、母は僕のことを考える事すらしない時間が過ぎただろう。
夏休みがあるということすら頭の中に置かれていないのかもしれなかった。

楓弥兄さんの運転する車の音が響いて、エンジンを切ったのだろう、静まり返って程なくすると兄さんが顔を出した。

「相変わらずぼんやりしてんだな」

一瞬、何を言われたのか分からなかったが、すぐに兄さんの視線が足元に注がれてるのに気付く。

「――母さん、どこに運んだらいい?」

荷物を手に取ると、母親の後ろに着いて歩いていく。楓弥兄さんはいつだって僕の事を見るときは苛々している。
容量が悪い、頭の回転が遅い、なんて言葉は頻繁に注がれる言葉だった。楓弥兄さんは悪く言えばめんどくさがりなのだが、めんどくさい人間ならではの頭の回転がある。

リビングに入ると母はソファに腰を下ろした。その傍に荷物を置くと、買ったばかりのものを取り出しては何かと評していた。そしていつからか楓弥兄さんの近況から仕事の話に変り始めたのを見計らって、僕はリビングを後にした。

家族の中で感じる疎外感。
それは「出来る兄二人」に対する「出来ない僕」がそうさせているのは分かっている。何度も目指す基準を父や兄にしようとしたのだか、無理をする自分に疲れ、嫌悪を抱く。

だから、そういった話になると出来るだけ聞かないように、身を隠すようになってしまった。

医療器具を扱う父を追うのではなく、対等で居たいと同じ職で父に挑戦する一番上の兄と、父の後を継ごうとしている二番目の兄。そのどこに自分が身を置いていいのか分からない。
置くだけの脳もなければ、期待もされていないのだけど。

自室に戻れば、先ほどまでと変らない、自分ひとりだけが存在する家となる。母と兄の存在を感じる物音すら遮断するように、僕はまたベッドにうつ伏して目を閉じた。






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