僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
23





 夏休みが始まった。
 寮の中は人が減って行き、日に日に人の声が遠くなる感覚にはやはり寂しさがある。
 それは人の声だけがそうさせているんじゃないことは自分でも分かっていた。


 夕食を済ませて、僕は談話室の扉を開けた。数名が対戦ゲームしたり、雑誌を読んだりしていたが、そんな彼らを横切って窓際に一番近いソファに腰を下ろした。
 自分で持ってきた本をそっと開くと、意識は半分は本の中へ、そしてまた半分は扉へと注がれる。

 僕は此処で詠仁さんを待っていた。
 携帯で連絡を取っても、万が一拒否されたら…ただそれだけが怖くて、この場所で待つことだけをした。偶然会えればいい。そうすれば、何を話せばいいのだろうなんて考えなくても自然に言葉は漏れるだろう。僕からじゃなくても詠仁さんからでも。

「……田嶋、最近一人でここに来るなぁ?」

 降ってきた声に本から顔を上げた。
 ゲーム雑誌を読んでいた彼らのうちの一人がそこに立って僕を見下ろしている。

「薮内先輩と待ち合わせ、って訳でもないのか?」

 コクリとうなずいた。彼は確か同じ学年だったはず。名前もクラスも分からなかったけど寮や学校の廊下で見かけたことがある。この談話室に居る数人でいつも一緒に居たように思う。

「薮内先輩に捨てられた?」

「……え、」

 呼吸を忘れそうだった。
 急に、そんなことを言われるなんて思いもしない。だけど僕が思っている以上に、僕と詠仁さんの事を見ている人は居るのだと、再認識させられた。

 捨てられた?僕は先輩に捨てられたのだろうか?先輩と会えない、会わない、この現状はそういうことなんだろうか?先輩がわざと僕を避けているならば、それはしっくりとくる。

「だよな、続くとは思えなかったよ。薮内先輩はまだ佐古のこと忘れてないだろ?」

 何を言っているのだと問う言葉は喉で留まってしまった。指先が冷えてゆくのを感じて、震えてないだろうか、そんな姿を見せてないだろうかとそっちが心配になった。
 平常心を保て、と自分に声をかける。

「あの人、執着すごいらしいじゃん。だから佐古も逃げたんだろ。田嶋は…」

「おい、やめとけよ」

 また別の一人が彼を止めに入ってきた。喋り続けようとする彼を咎めるように睨んで。そして僕を哀れむように見下ろした。

「あんまり掘り返すと危ないって。田嶋は執着するほどでもなかったんだろ、じゃなきゃこんなところに一人で居ねぇよ、ほら、行こう。俺ら巻き添えはゴメンだからな」

「先輩、佐古のこと愛し過ぎちゃってたからな、やっぱ他の人じゃ駄目なんだろうな」

「もうやめろって!」

 慌てて僕の前から去った彼らは、雑誌を読んでた数名も引き連れて談話室から出て行った。
 
 捨てられた
 佐古
 忘れていない

 愛しすぎた

 他人じゃ、駄目

 そのどれもが繋がらない。繋がって一つの文章として理解できない。

 再び視線を下ろした本には、何が書かれているのかさっぱり分からなかった。文字が、読めない。


 分かっていたじゃないか、図書室から見下ろした二人の姿、思わず隠れた茂みから見た二人も。割れた窓ガラスも先輩の手の傷も、全部、全部、繋がる。
 繋がるのに・・・僕の脳は繋げようとしてくれないんだ。

 感覚のなくなった指先から、するりと本が逃げ出した。音を立てて床に落ちた本を見ても、僕の心は痛まなかった。その映像は次ぎに談話室の扉を写して、あぁ外へ出るのだ、と僕はそのテレビの映像を見続けた。


 廊下を歩いていれば、扉の向こうから楽しそうな声が聞こえてくる部屋があった。静まり返った部屋はきっと空室。
 僕もそろそろ家に帰る準備をしなくちゃいけない。僕が帰ること、母さんは知っているだろうか、それとも仕事が忙しくてそれどころじゃないかな。

「田嶋、どこ行くんだ」

 肩を引かれて振り返ると、瀬川の赤い髪が視界に飛び込んできた。目立つ赤い髪はどこでも良く視界に入っては来たが、特に用事もないので会話すらすることもなくて、久々に瀬川の声を近くで聞いた。

「どこって、部屋に向かうところ」

「その先…非常階段しかないけど?」

 僕が手を掛けようとしていたのは、非常階段への扉だった。びっくりして来た道を振り返ると、僕の部屋はとっくに通り過ぎていたらしい。

「おいおい、大丈夫かー、」

「ちょっと考え事してたから、かな」

 すごい集中力、と瀬川が笑った。僕もそんな風に笑えたらいいのに。馬鹿じゃないの、と自分を罵り思い切り笑えたらいいのに。

「瀬川…、聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 僕の頭の中で散らばった単語を、繋げて欲しかった。






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