僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
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「ここに・・・、この公園に来れば田嶋に会えると思っていた。学校じゃなかなか声もかけられないし、ここでなら田嶋も俺に気を使うこともないだろう?何も考えずに声を掛けられると思って・・・」

 喋り始めた言葉を、初めから飲み込むことが出来なかった。頭の周りを会長の言葉がくるくると回り続けている。

「やっと会えた、って思ったよ。犬の散歩も妹に任せずに自分で行くようになったし、家で読んでいた本も・・・勉強も図書館でやるようになった」

 そうさせたのが・・・僕?まさか。

「久々に田嶋と会ったけどやっぱり田嶋は田嶋で、それに安心した。俺の姿を見て驚きはしたけどそれからは俺の思っていた田嶋だった。求めていた・・・田嶋だった」

 僕の名前を連呼する会長の声に、やっぱりこれは現実と切り離された夢の世界なのだと思うしかなかった。全てが信じられない。

「僕は何も・・・」

「だからだよ。本を読んでいても傍に居ても田嶋は変わらない。俺に媚びる事もし無ければ無駄にアプローチもしてこない」

 以前にも似たようなことを言われたことを思い出した。
 居心地がいいと言われて、会長にそんなことを言われるなんて検討も付かなくて動揺したんだった。そして今回も僕はなんて答えたらいいのだろうか。

 僕は会長に何も望んでなんてないから・・・それはあくまでも会長は手の届かない人だからという意味で、僕がどうする事もできなくて、ただ少しでも時間を共有できるのなら幸せなだけで・・・。

「あぁ、また困らせたかな。でも今回は困ってくれると、嬉しい」

 困ると嬉しいなんて、人を傷つける言葉なのに・・・僕の胸がうるさいほどに鳴っている。
 その言葉は、僕を傷つけるためのものじゃなくて、その傷は僕に刺さるものじゃなくて、会長がそこにいるという存在の傷だ。

「俺に、少しは興味ある?」

「あ、ああ当たり前です」

「会長としてだろ?」

「……はい。でも、会長と一緒に過ごせる時間は、素敵な、時間です」

 僕の宝物だから。この時間だけは、この場所は。

 会長が会長として見て欲しくない事はなんとなく分かった。でもこのひと時やこの気持ちは、会長としての存在があってこそだから、それを偽ってまで喜ばれる言葉を口にする事は会長を裏切るようで出来なくて。それに僕は会長の事を何も知らない。
 凛とした声も、堂々とした振る舞いも知っているけど、子供のような笑顔で笑う事や、人を傷つける言葉を吐かないということを今日、知ったばかりだ。

「田嶋とこれからもこうしたい。本当は学校で少しでも言葉を交わせればいいのだろうけど、きっと田嶋らしさは見られないだろう?お互い学校で無理するくらいなら、わずかな時間でもこの公園で会いたいと思う」

 僕は会長の言葉を受け入れながらも、どこかで夢の中での会話だと思っていた。

「約束とかじゃなくって・・・、なんていうかな。時間があれば図書館に居るだろうし、また会ったときには、こうやって過ごしたいって事なだけだから」

 お互い負担にならないように、と呟いて会長はアイスコーヒーを口にした。

 また、宝物がこの場所に増えていく。そして共に胸に積もる詠仁さんに対する罪悪感。別に浮気をしているわけでもないのに、ただこの場所では詠仁さんと過ごしたくないと思ってしまう自分に。

 多くの物を望んではいけない、僕の傍に居てくれる詠仁さんも、大切だった。そんな彼を裏切っているんじゃないだろうか。
 全てを話してしまえばこの気持ちは晴れる?その時、もしも詠仁さんが会長に会うなと言ったら?・・・・・・いや、そんな僕を束縛するようなことを詠仁さんが言うだろうか。言うかもしれない、でもそんなことに僕は何をうぬぼれた考えを持っているんだと、恥ずかしくなる。
 そんなに思われるような人間なのか、僕は。

 苦い気持ちに自嘲を洩らしつつ、アイスコーヒーに刺さったストローを回せば、氷が小気味良い音を出していた。

「迷惑、かな…、こんなこと言われるのも、図書館や食事に誘うことも、迷惑かな?」

 寂しそうな会長の視線に、首を振った。
会長からそんな視線をもらう事さえ僕にはもったいない。それくらい僕からは遠い人。分かっている、分かっているからこそ、こんな時間が夢のようだ。
 夢だと、思い込んでいる。私服の会長なんて見れるわけない、こんなリアリティーに欠ける“映像”は夢でしかない。そうじゃないと僕の手は今にも震えてしまうだろう。

「薮内…、の事もちゃんと耳にしている。彼との関係をどうこう言うつもりもない。あの薮内が田嶋を選んだ事、なんとなく俺は分かる気がするよ。きっと彼も君に求める物があるんだろう、だから邪魔をするつもりは毛頭ない」

 見透かされたように出た、詠仁さんの名に動揺する。回していたストローの手も止まってしまい、慌てて取り繕おうとしてもうまく回せなくて氷が変に音を立てるだけだった。

 詠仁さんも、会長も、僕に求める物・・・。僕にはさっぱり判らない。でも求めてくれるのなら、それにお返しはしていきたい。こんな僕に出来る事なら。

「詠仁さんには、黙っておくつもりです…そんなに、足は運びませんが、会ったら、宜しくお願い、します」

 だから、会長も詠仁さんには言わないで。そんな意味を込めて僕は片言で承諾をしたら、会長は嬉しそうに頷いた。その顔をまた僕は脳裏に焼き付ける。

 その後はもう寮に戻ると言った僕を会長はバス停まで送ってくれた。バス停までの道のりも公園内をすこし遠回りしながら会話して。

 始まる夏休みに鬱々していた。そんな気分を忘れさせてくれる一日だった。





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