僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
17
背後で扉が開く音を聞いて、心臓が飛び跳ねたようだった。けれど慌てたのは僕だけで、先輩はそんな僕から数拍置いて、ゆっくりと頭を入り口へと向けた。
「あー、お邪魔した?」
悪気もなく、森岡の声は面白そうにそんなセリフを吐いた。
何よりも僕はそんな森岡の後ろに佐古が居ないかどうかだけが気がかりだった。入ってきた森岡が一人だと分かって、ゆっくりと肩の力が抜けていく。
「ごめ、森岡…」
「そう思うならどこかで時間を潰しに行けよ。部屋に行こう…椿ちゃん」
「あぁココ使うんならどうぞ?俺はしばらくしたらまた出るつもりだから。まぁ俺の存在でそんな気分にならないって言うなら申し訳ないけど」
「いいや、周りは気にしないタチだから俺は全然かまわないんだけどな。ただ椿ちゃんを見せたくない。せいぜい妄想して楽しむと良いよ、森岡」
「俺だって椿を知ってるけど?」
「勘違いするな、俺と楽しんでる椿ちゃんを森岡に見せたくないんだ」
「へぇ、そんなにスゴイ…っていう自慢?」
「――先輩っ、部屋に行こう」
これ以上二人のやり取りを見ていたくなかった。このまま続けば話は佐古の事にまで話が及びそうで、それは僕が聞きたくない。そうなる前に先輩と森岡を引き離さなくては。
手を引き、先輩を部屋に入れてから、しっかりと扉を閉める。僕達が部屋に入ると同じくして森岡も自室に入って行くのが見えた。
「詠仁さんと、森岡って本当に仲が悪いんですね。僕の方がヒヤヒヤして…、――詠仁さん?」
「椿ちゃん…」
先輩の瞳は少し切なげに僕を見つめる。さっき交わされた言葉から推測できたものは一つしかない。先輩はもしかして本当に森岡に…、
「詠仁さん、ちょっと、待って」
先輩の手が僕の頬に再び触れて、そして寄せられる唇。
「森岡に聞かれる心配してる?でも森岡の前でくらい名前で呼んで欲しかったよ」
「あ…、ご、ごめんなさっ」
顎に掛かった手の力から、僕は逃げ出す事が出来なかった。触れるか触れないかの唇。そんな距離で先輩の表情なんて見えなくて、ただ声色から怒らせてしまったのかもしれない、と推測するしかない。
「じゃぁ、お仕置きって事で」
「や、嫌、です…っ!」
腰の辺りに添えられていた掌が、シャツをめくり直接皮膚に触れた瞬間に、僕は思わず反発した。
先輩の胸を押し返すと、簡単に先輩は僕から離れてしまって、そんな先輩の動きが儚げで…、先輩を傷つけてしまったのだろうか。
「――、ごめん。椿ちゃん」
「え、詠仁さん…。どうしたんですか。何かいつもと違います」
僕にはその原因が明確ではなくとも佐古との事だと、・・・分かっていたけれど。先輩を気遣うセリフを吐かずにはいられなかった。
「いつもと違う?…そうかな、でも俺の根っこはこんなもんだよ。これも俺だって、受け止めて欲しい」
それは僕に受け止めて欲しいのだろうか。それまでも尋ねるわけにいかず僕はただ少し離れた所に居る先輩を見つめた。
誰かの手が欲しいと思うのは、僕だけじゃない?
きっと全ての人が形は違えど…持っている?
「触れさせて、もっと近いところで、肌を合わせたい。今じゃないとダメなんだ」
誰かの温もりに縋りたいって、先輩の心が冷えてしまってそう、訴えているんだ。
先輩が屋上で僕に差し出してくれた言葉、先輩が助けてくれたように、僕も先輩を助けたい。
今先輩の近くに居るのは僕なんだ。
そんな先輩に自分を重ねてみてしまうと、もう僕は先輩を突き放す事なんて出来なくなってしまった。先輩を突き放してしまえば、先輩はもちろん、僕だって縋る相手をなくしてしまうのだから。
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