僕をよろしく | ナノ



僕をよろしく
15









 ついこの間も見たところだ、といえるくらいGWの時同様夏休みが近づけばみんな気持ちが浮き足立ってくる。
 教室や寮、あらゆる所で交わされる休みの計画なんかも大して変わらない。

 一人で過ごせば過ごすほど出不精な僕はそんな会話を耳にして、皆良く海外や別荘なんかをはしごできるなぁと感心するばかりだった。

 僕なんかはどこへ行ったって音楽を聴いてぼーっとしてる程度だろうし。今だって折角の休日を静かな寮内、しかも自室で一人過ごしている所だった。
 先輩に呼ばれない限り、食事以外は部屋を出る必要がない。そして僕なんて先輩が呼び出してくれる他、誰からも声なんて掛からない。

 そんな事を寂しいと思っているわけではないんだ、絶対一人のほうが居心地が良い事も知っている。けれどやっぱり土日や長期休暇となると自分で自分を追い詰めるような事しか浮かばない。

 もうすぐ昼になるのだろうか、高く昇った太陽が窓から差し込んでいた。流れている音楽を止めると、シンと静まった自室。そんな自室をくるりと見回して、腰を上げた。

 何をするわけでもない、けれど気分で、少し外へと思った。外の空気を吸えば少しは気分転換になるだろう、そして窓から見えた管理人の水撒きをする後姿は、なんとなく今の僕でも話しかけやすそうに見えた。

 何を話そうか、人にはなんて声をかけたら不自然に思われないだろうか。もしかしたら管理人を目の前にすれば言葉なんか出ないかもしれない。それならそれでいいだろう、中庭の草花でも眺めていれば良い…そんなことを考えながら。


 靴を履いて中庭に出ると、管理人の姿が無くなっていた。先ほど見たのはちょうど水撒きを終えるところだったのだろうか、葉の上に水滴を乗せている植物が少し強めの日差しにキラキラと光って綺麗だった。

「…残念」

 独り言を呟いて、草花の傍に寄った。気温が上がってきているせいか、水分を含んだ植物はどことなく涼しく感じてその場にしゃがみこんだ。

 何をするわけでもなく、時折落ちる水滴に視線を送って。


「――もう、終わった事だよ」

「終って、なんか、ないだろ…」

「確かに頼んだのは僕だよ。でも、今はもうそんなの関係ないだろ?どうなの?」

「関係なくない!拓深が、」

 遠くから聞こえてきた小さな声に体が強張った。少しずつ近寄ってくる気配に、僕は思わず茂みの奥へと身を潜ませた。

 湿気が身体にまとわりつく。

 先ほどまで心地よかった水分が、今はなんだか不快に感じて…きっと、それは、この声の主のせい。


「拓深っ、」

「離してよ。もうほんと、僕は森岡に助けられてるんだ、このまま森岡とって、ちょっと…思ってる」

「拓深!それだけは、」

「指図される筋合いはないよ、僕は詠仁のモノでもなんでもないんだからッ、元はといえば――」


 切羽詰ったような、先輩と佐古の声。
 どこか霞んだように聞こえてくるのは、きっと僕の思考が勝手にフィルターをかけてしまっているんだ。最近なかった、いつものアレ。

 出来るだけ、気持ちを切り離して、遠くで聞くようにする。この場所からは見えない二人の姿を思い描きながら、視線は自分の掌を見つめていた。
 何度も、感覚を確かめるようにその手を閉じたり開いたりを繰り返して。


「詠仁だって今は田嶋が居るじゃない。うまく行ってるみたいでビックリした」

「……うまく、って…」

 どこか馬鹿にしたような失笑を発した先輩に、僕は動けなくなった。とっくに切り離した感情は何も訴えて来なかった。

「だから、もう、ね。僕の事は忘れてよ、良い機会だと思う。…手ぇ、離して」

「怯えないでくれ」

「怯えてない、怖くなんてないよ、詠仁」

「それは、森岡が居るからかっ…!」

「違う、違うよ…詠仁、終わった事なんだって」

 ところどころ聞こえにくいのは彼らの声が小さい為なのか、自分の耳がそうしているのか。全く僕には判らなかった。
 去っていく一人の足音がして、僕はそっと顔を上げた。

 見えたのは、先ほどまで佐古の腕を掴んでいたのだろうか、自分の片手を見つめる先輩の姿だった。

 先輩のその姿にまた息が詰まる思いだった。

 そこに居たのは僕の知らない先輩の姿。いつだって僕の事を椿ちゃんと呼んで、笑って、頼りない僕を支えてくれるような力強さを感じる先輩が、今はなんとも頼りなく、泣き出しそうな瞳で自分の手を見つめて立っている。

 そんな姿を目の当たりにしたって、僕は声をかけることすら出来ない。

 動かない思考、何が、何故、色々な疑問の言葉が巡っても、きっと僕は先輩に問うことすら出来ないだろう。

 まるで、僕は蚊帳の外。

 そこに居るのは、自分の事を思ってくれる唯一の人だと、思い込んでいた?

 先輩に近づいた気になっていた。けれど僕は先輩のことを何一つ知らなくて、以前にも佐古と先輩の姿を見たのに、それを問わなかったのも自分だった。

 先輩を知りたいと、そう思う前に。

 自分の事を知って欲しいなんて思ったからだろうか。

 そんな欲を出したから、こんなところを僕に見せるんだろう?…神様。


 ぼんやりと見つめる先の先輩が自分の手を握り締めた。此処からでも分かる程、強く。少し震えたその拳は、一番近くの窓硝子に叩き込まれた。

 激しい音と、その先輩の後ろ姿。

 僕はきっと忘れられないと思った。まるで写真に収めるように、その先輩の姿は僕の脳へと焼きついた。






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