僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
14
「詠仁さん、僕…詠仁さんに訊いて欲しい事があるんです」
「…なに、改まって」
先輩はゆったりとした動きで僕を覗き込んだ。
森岡の様に気付いて尋ねてくれる事とは違い、自分から告白すると言う行為はとても覚悟の要る事だと思った。
簡単にさらりと言ってしまえばたいした事ではないのだと相手にも感じてもらえるだろうに、僕はそれが出来なかった。
「……あの、僕の身体にある…傷の事」
「傷の事?」
「詠仁さんには知ってて欲しいって――…、」
ずっと、節々で感じている先輩の違和感をその時また感じて、口を一度つぐんだ。けれど、その違和感が分からなくて結局問うこともできない。
先輩は何か僕に隠し事をしているのだろうか、それは…僕に対する何かで、だから僕は違和感を感じるんだろうか。
それとも、まったく関係のない、先輩だけの問題?先輩の性格?癖?
僕は、先輩の事…一握りも理解できていないんだと思うと悲しくも感じた。だからこそ、今こうやって僕も先輩に少しずつ知ってもらおうって思ってるんだった…。
「椿ちゃん?」
「え、あ、はい、傷の事…」
「うん聞くよ」
座った椅子の膝の上で僕は自分の手を握り締めて、その手を見つめながら…ゆっくりと過去の虐待の事を先輩に話した。少しずつ、糸を引っ張り上げて辿るように。
その間先輩は口を出さず、じっと窓の外を見ながら聞いてくれていた。
簡単に言葉に出来ると思っていたのに、ただ聞いてくれる人を相手にすると、一つ一つを自分の中で整理して繋げていかなくてはいけなくて覚悟だけでなく忘れた痛みや消してしまおうと思った感情までもが入り乱れて、疲れた。
「……そんな事だったんだ、辛かったね」
静まり返った談話室。先輩はまだ窓の外を見たままだった。少し考えるように間をおいてから、膝の上の僕の手に、包み込むように手を重ねた。
「なのに…この間、俺も手を上げて…」
僕は大きく首を振った。そんなつもりで先輩にこのことを告げたわけではなかったから。
「親は助けてくれなかったの?」
「親は…知らないんです。両親共に忙しい人だし…三男の僕は小さい頃から家政婦さんに任されっぱなしで…」
「無責任だよね」
やっと絡まった視線は強く鋭かった。
「え?」
「無責任だ、そういうの。仕事が好きならそれでいい、育児を任せたのならそれでいい。でも押し付けは違う。ちゃんと見てたなら椿ちゃんの傷にも気づいたと思うよ」
親からの、愛。
先輩の強い言葉にずくずくと胸がえぐられるような痛みを感じた。
愛を貰えなかったとは思わなかった。顔をあわせれば最低限と言えども言葉を交わし、もめた事もなければ親からの無理強いなんてのも無かったんだ。忙しくて家に居ないから、仕方の無い事だと思ってた。
「せん…」
「椿ちゃん、驚いたけど…こうやって話してくれたこと嬉しいよ」
さっきの強い口調から柔らかくなった先輩はいつもの先輩だった。先輩に身体の話をしたことで、少し気持ちも楽になった。それは先輩に対してだけで…僕の胸は膿んだままだったけれど。
「椿ちゃんさぁ、詠仁って呼ぶの苦手?余裕無くなったらすぐ俺の事先輩って呼んでる」
クスクスと笑う先輩にまた僕の気持ちも緩む。
「えぇ!?ホントですか」
「うん。こないだのエッチの時とかね、余裕なくすと…」
「せっ…、詠仁さんっ!!」
「まぁどっちでもいいか」
こんな時間ばかりだといいのに。僕の痛みも緩和されて、何も考えずに先輩の緩い波にずっと漂っていたい。過去の事なんてどうでも良いと、そのうち思えるだろうか。
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