僕をよろしく | ナノ
僕をよろしく
13
「その事、薮内は知ってるのか」
「…知らない。多分。森岡と同じように親からの虐待って思ったんじゃないかな、どうだろう…」
「訊かれなかったのか?」
「うん」
「うんって…気になるだろ、普通」
だってまだ一度しか身体を重ねていないから薄い傷だし気にならなかったのか、もしくは訊きにくかったのかも知れない。先輩に気まずい気分にさせる前に僕から一言伝えておけば良いと思う。
何か言いたそうにしている森岡に、今なら先輩との関係を訊いても良いかと思った。僕も先輩と付き合っているんだし、二人の関係は気になる。僕が訊いて間に入る事で関係が良くなるのならそれに越した事はない。
「ね、森岡…その、先輩と――」
そこで僕の携帯が着信を知らせ、震えた。手に持った携帯を開くとディスプレイには先輩の名前が。取るべきかを躊躇ったのはほんの一瞬で、すぐにオフフックボタンを押した。
「はい」
電話の向こうから聞こえてくる先輩の声に、頬が緩むようだった。先輩と付き合い始めてから、先輩のイメージが僕の中で変わりつつあったからだった。
初めて出合った時も、それ以降もどこか冷たいイメージをなぜか感じていたのに、それが此処最近柔らかく感じて傍に居る事が心地良くなってきたからだ。
「はい、じゃぁ行きます…」
僕が電話を終えるか終えないかのところで森岡が部屋を出てしまった。通話を終えると、すぐに閉まりかけの扉に手を掛けて森岡を追った。
「森岡、」
「薮内だろ?さっさと行けよ」
先輩を待たせていることもあって、森岡にそう言われてしまって僕は森岡とそれ以上言葉を交わさずに部屋を出た。
折角森岡と先輩との関係や深い話ができるかもしれないと思ったけど…。でもまだまだ同室としての時間はあるわけだし、今日をきっかけにまた森岡とは会話ができそうだったし、少しずつ親しくなれればと思う。友達として。
「お待たせしました?」
談話室の扉を開けて、いつもの窓際に一人座っている先輩の後姿に声をかけた。
「いや…そんなに待ってないよ、夕食ついでに少し時間があればと思っただけだし」
先輩がすぐ傍にある椅子を僕に向けて差し出してくれた。それに腰を掛けると、すぐに先輩が口を開く。
「夏休み――、椿ちゃんはすぐに帰るの?」
「いえ、僕は指定された一週間だけ、です。親も特に何も言ってこないし、僕も帰ったところで何をするわけでもないから…」
「そう、良かった」
「良かった?」
「俺もその一週間だけだからさ、先に椿ちゃん帰ったら寮で退屈だろうなって…。でも椿ちゃん居るなら朝から晩まで一緒に過ごしてられる。勉強も一緒にしてさ、ほらあの上の図書館、一緒に行こう」
「…そ、そうですね。僕の方こそ、詠仁さんはてっきり早くに帰るんだと思ってました」
山の上の図書館を出されて、言葉に詰まった。ランチを一緒に食べようと、シュークリームを食べようと、そう誘えばよかったはずだろう。けれど僕の中でまだ何か消化できないモノが、あって…。思わず話をすり替えたけど先輩は特に気にするようでもなかった。
「詠仁さんの親は帰って来いってうるさく言って来ないんですか?」
「――。…あぁ、なんていうかな、放任?うーん、ちょっと違うかもしれないけど…俺のところ片親なんだよね、母親だけ。ずっと仕事したりで意識は外に向いてるからここまで大きくなった息子にはそれほど関心が無いんじゃないかな?」
あきれたようにそう言った先輩のほんの少しの「間」。気のせいかもしれないけれどそこに僕は先輩のためらいを感じた。
先輩も、もしかして僕のように親との関係で何かがあるのかもしれない。突っ込んで訪ねていいものなのか、どうなのか…。
「椿ちゃん?」
そう考える前に、僕の方から先輩に全てを話ししてしまえばいいんじゃないだろうか。先輩なら受け止めてくれそうな気がする。
僕が一歩踏み出せば先輩も僕に寄ってくれるんじゃないかって、それがきっかけになるんじゃないかって、そんな事を考えた。
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