sunny place | ナノ
sunny place
12
「東間…」
秋吉さんの腕を東間が少々乱暴に振り切る。
「君は…櫻田くんの知り合い?」
「えぇ、まぁ」
不機嫌さを隠さない東間の声に、体が冷えるようだった。今にも手を出しかねない東間を制すように、秋吉さんと東間の間に立った。
「東間っ、この人が秋吉さん。名刺見ただろ?」
「わざとらしいんだよ」
東間の吐き捨てた言葉に、身体を電気が走った。
ビックリして見上げた東間は、俺じゃなく秋吉さんをジッと睨みつけていた。
自分に向けられた言葉ではなかった事に安堵したのは一瞬で、今にも動き出しそうな東間の腕を押さえるように掴んだ。
「俺と目が合った瞬間に、恵生との距離を詰めただろ。これ見よがしに腕まで回して――…俺を試して楽しかったか」
東間の睨みに引く事もせず、秋吉さんはクツクツと笑い出した。
「あ、やっぱバレバレだった。もう少し早く止めに来るかと思ったんだけどな…」
「――笑ってんなよ」
東間の声で、秋吉さんの笑顔が一瞬にして消える。
空気も同じように冷えたように感じて、秋吉さんによってこの場が良くも悪くもなる事が分かる。
焦っているのは自分ひとりだけだった。
「なんですぐに来なかった?もし君が止めに来るのが遅いようなら、本気でこのまま連れ去るつもりだった。俺たちの姿を見て、何を戸惑ったんだ?戸惑う事があるのか?」
ぐっと東間が息を飲む。
「ここが外だからか?世間の視線のある町中だからだ?それとも、櫻田君を疑った?俺にほいほい着いて行くんじゃないかって、そう感じたから傍観するつもりだったのか?」
「――…」
「両方、ってことか」
東間の瞳が揺らぐ。
俺の視界も揺らいだ。
東間が止めに入るまでの一部始終を見ていたこと…。
秋吉さんの表情の変化は東間を見つけてからのことだったのだ。
すぐに止めにきてくれなかったことなんてどうでもいい。
そんなことよりも、東間が俺を疑った事
小さな水槽に閉じ込められたように、息が苦しい。
少しずつ、締め付けられていくような胸の痛みは、どことなくずっとこの胸にあった物のようだった。
「櫻田君を疑った?」
重ねて訊いた秋吉さんの言葉に東間は何も答えない。
どこまでも沈んでいきそうな気分は、もう自分の手では浮上させれそうにも無かった。
「不安か――。二人とも相手に不安を抱えてるんだろ?不器用だな…けど、若々しくて微笑ましいよ」
「不、安…」
「あぁ、不安なんだ。彼は自信がなくて止めに来れなかったんじゃないかな」
秋吉さんは作り物なんかじゃない柔らかい笑顔で、俺を見た。
「そして彼の不安は櫻田君の不安だ。君が不安にさせてもいるんだよ。お互い大切にしたいからって気を使ってなんかないか」
「気なんて…使わないですよ」
「どうかな、マナーとか抜きにして、外に出た時と家の中での君たちは一緒の物?…全然、違うだろ?」
違う。
まずお互いの距離が違う。
それは同性愛という一般的に受け入れられないものを自分が抱えているという後ろめたさだ。
「不自然に見せないようにと頑張りすぎて不自然になってたり。そのフラストレーション、欲求が溜まって行く。些細な事でも塵も積もれば、だよ。――もっと自由でいいんだよ」
「その自由が、難しいんです。普通が何か、どんどん分からなくなっていってる」
その声は、先ほどまでの尖った東間の感情がなくなっていた。
助けを求めるようなそんな表情に、自分がそうさせてしまっていることを知る。
積み重なった、東間と俺の関係。
いい事ばかりの綺麗な思い出ばかりが詰まっているように見せかけて、些細な塵も積もっていた。
「それだけ二人の世界が濃いって事だよ。そしてふと外を見たときに、外の常識が分からなくなってカチコチに固まって身動きが取れなくなる。お互いを傷つけるばかりになってしまう」
「恵生と、距離を感じるようになって…。恵生には必要な距離もあったんだ。けど、俺…欲が出てもっと我が儘言って欲しいとか思い出すと、逆に言わないのは恵生が俺に気を使ってんじゃないかって思い初めて――」
東間の声が、自分に向けられて、体の中にしみこんでいく。東間の本心で、東間の思っていることで、なかなか伝えられなかった気持ちが今自分に向けられている。
「俺と廉だってそうだ、一緒に居れば欲張りにもなるさ。お互いその欲を口に出してみたらどうかな。他人の目なんて気にしないで、真実は自分達が知っていればいいだろ?友人の前で手を繋いだって、じゃれてるんだと言い張れば言いし、付き合ってるのかと冷やかされるならうまく嘘を使えばいいし逆手に取ったっていい。お互い、受け入れる前に自分の欲を出して、受け入れてもらおうと一歩を出さないと駄目だ」
怖がっていたのは世間の目だった。
なのにいつからかそれはお互いの間の壁へと姿を変えてしまっていた。
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