sunny place | ナノ



sunny place
05






翌日、目覚めた俺はなんとも微妙な心持だった。
昨日の事もあって学校に行きたくないような、何より東間に会って普通に居られるのかどうか。それでもそんなことで学校を休もうという気にもなれない。結局行くんだろうけど体が、足が、気持ちが重い。

二部屋しかない自分の家を見渡して落胆する。
探したのは母親の姿だった。帰宅しているなら眠って居るだろう場所に母の姿はなかった。
どこに居るのか、何故帰ってこないのか。帰って来れない理由は…。聞きたい事も沢山あったが何一つ聞くことはないだろう。だって、母さんにとって俺は――…
虚しくなっていくばかりの気持ちを切り替えるように、学校へ向かった。

たらたらといつもの道のりを歩いて向かう。
その時だって、思うことも、考えることもしない。ただ無心で歩く。

出来ることなら、周りの音も聞こえなければいいのだけど。
コソコソと騒音に混ざって聞こえてくるのは、自分を指す言葉。そして視線。

その振り返って文句を言えたら、と思っていたのは初めの頃だけだった。
そしてそれらは逆効果だってわかっているから、しない。




一年前のこんな暖かい春の日の事だった。


ひとつのニュースが世間を騒がした。

ちょっとした有名な会社を持った一人の男性が妻に刺された、という事件。
妻は長年の夫の浮気に頭を悩ませていたのだが、夫と昔の浮気相手との間に子供が居た事がわかり、その子供がもう15歳になるほどの大きな子供だということ。それは望んでも子供を授かることのできなかった妻の気に触れたらしい。

問い詰めた妻と今更な夫。
口論の末、妻は文化包丁で夫を刺した。


元浮気相手は、俺の母で――

そして・・・その子供が俺だったということ。



俺もそんなのは初耳だった。信じていなかった。
でも事件後、どこかのマスコミが嗅ぎつけて張り込まれたりもして、現実なのだと思い知らされた。プライバシーなんてあるようでないようなもので、瞬く間に噂は流れ。

そして生活もあっという間に変わった。

非難の目と好奇の目。

メディアが触れたニュースも、流れるように日々の出来事を忘れていく人間もいれば、いつまでも引っ張り続ける人間もいるのだ。
母は迷惑がかかるという事で長年勤めていた会社を辞めざるを得なくて、その後生活のためにあらゆる仕事をかけもちで働く羽目になった。母にとっても掘り返したくない昔の話が今更スキャンダルされて、精神的にも参ってしまった当時の母の姿はひどかった…。

そんな母をどうすれば守れるのか、どう支えれば良いのか、何か力になれることは無いのかと、不甲斐ない気持ちで一杯だった。
母はそんな俺を感じていたのか、励まし、そして最後にはいつも「ごめんね」と繰り返した。


世間の冷たい目は無くなったものの、暫くは母さんの口から覇気のない言葉ばかりが漏れていた。俺と母さんの会話らしい会話もめっきり減ってしまった。俺の私生活がこんなでも、学校での噂もほとんど無くなってまともな日々が返って来ると思っていたんだ。


なのに、人の記憶は音楽や匂いで蘇る、だっけ?
春を迎えた温かい太陽の香り、新入生も迎えて、ちょうどあの事件から一年で噂は舞い戻ってきたらしい。
気持ちの良い気候と裏腹に、ざわつく心。

一年前と同じように、無心で居れば良い。
もうショックを受けるような心は残ってなどないのだから、ひたすら耐え、時間だけが過ぎるのを待てばいい。


門をくぐり、靴を履き替えて教室に向かった。
すれ違う人々の視線を受けながらも、じっと自分の教室を睨みつけるように足を進めた。閉じられた教室の扉に手を掛けて自分の席まで後もう少しだと、そう思っていた。

「だな、1年前だったよな。衝撃的だったよな、まさか自分の学校にー…ってな!それにしてもほんと、神経図太くないと学校なんて来れないだろ?俺ならとっくに辞めてるって」
「有名社長の愛人で身篭った子供を下ろさずに育てるっていう…母親も十分図太いんじゃねーの?」
「あれじゃね?遺産相続で金もらえてんじゃねーの」
「わ、ありえるそれ!高屋は金持ってんのか。いいなぁ」
「お前は金さえありゃいいのかよ」
「ありゃいいだろ、俺なら学校とっとと辞めて好きな事するね」

教室の扉を開けることが出来なかった。
無心で居続けたのに、後もう少しだと緩んだ心の隙間に入り込んでくるように、それはずっと奥深くを裂いた。じわりとにじみ出てくるのは鉄臭い、赤い、赤い…。

疼くのは傷口だろうか、頭だろうか。
気にすることじゃない、全ては本当の事だ俺は堂々としていれば良い。

でも、実際は強くなんて居られない。


一度手をかけた扉から手を離すと、その場から離れた。
教室を通り過ぎ、突き当りの階段へ向かった。

いつもの「逃げ場所」である屋上へと。
そうだ、弱くて弱くて、まだまだ逃げ場所が必要だった。人の目から逃げて、たった一人で居れる場所ばかり探して。
時間なんて関係なかった。一年経ったって、スッキリするわけがない。

俺の存在が、ある限り。

それは他人も自身も、一緒だった。





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