sunny place | ナノ



sunny place
10






その場は、後から来たというのに秋吉さんがお店での支払いをしてくれた。
少しの間話しをして感じたのは自分達にはない、大人な考え。生きていた分だけの経験。多くの物を見てきた事による視点の違い。
自分には無い物だった。

桐生を甘えさせるだけの器がある。
会社の上に立つだけの技量がある。

羨ましいと思った。桐生と秋吉さんの姿が。胸を張って桐生を横に置き、堂々とした秋吉さんのその振る舞いに。
もしも不安があったとしても、あの人なら何とかできる。そう言った安心感と自信が彼にはあって、それを目の当たりにして桐生は大丈夫だと、心から思えたのだから。



帰宅すると、シロをひと撫でしてからポケットに入っていた携帯と財布を抜き取りテーブルに置いた。
東間がバイトから帰って来るのも後もう少し。
夕食は一緒に作るだろうからその前にシャワーを浴びて汗ばんだ身体をさっぱりさせたかった。

降り注ぐ水滴に身を任せ冷たい水温が少しずつ温かくなって行くのを感じながら、ジッと排水溝を見つめていた。
俺は東間にすべてを委ねている。
つもりだった。

でもあの二人を見て、俺たちはまだまだ分かりあえていないような気がした。
それは二人の経験であり、置かれる立場で違ってくるだろう。けれど、俺に、東間に、秋吉さんほどの包容力があるかと言えば明らかに足りていない。

些細な事でも、何かしら事が起これば、自分の心は揺らいでしまうだろう。

東間が友達に付けられたキスマークだって。
遅くなった飲み会で友人宅に泊まったって。
バイト先の女の子の話が出たって。

不安で、嫉妬で、それの全ては正直な自分なのに、俺は東間にまっすぐにぶつけることが未だにできない。

醜い自分の感情は無かった事にしてしまいたいのだ。口にしないことで初めから無かった事にしてしまおうとする。

正面切って嫉妬してると告げた秋吉さん。
俺はどれくらい経験を積めば、あそこまで行けるだろうか。




扉の外の物音が、東間の帰宅を伝えた。
大きく息を吐いて、止まっていた手を動かし身体を洗っていく。焦ったって仕方がないのだ。もっと生きて、いろいろな事を見て。そして傍に東間が居ればそれでいい。二人の関係も焦らず積み重ねればいい。

体がさっぱりすると幾分気持ちもスッキリした。自分はまだ若いのだから、望むばかりではなく全てを積み重ねて行けばいい。





「お帰り」

帰宅して身なりを整えている最中の東間に声をかける。ただいま、と優しい笑顔と共に言葉を返され、東間が座ろうとしているソファに自分も腰を掛けた。
伸びてきた手がタオルを引き、襟足から雫を拭うように髪の毛を持ち上げられる。

「出かけてた?」
「うん、ちょっと。少しだけだったのに汗かいて不快だったんだ」
「すぐ飯作ろうか?何が良い?」
「そんなすぐに動かなくていいだろ、東間もゆっくりすれば?」

隣に座る東間の熱が触れた肩から伝わる。東間だって暑い中帰ってきたのだろうからシャワーくらい浴びたいだろう。

机の上に置きっぱなしだった携帯と財布をしまう為に持ち上げると、財布の隙間から名刺が落ちた。
先ほど秋吉さんからもらった物を、挟んだままにしていた物だった。

「名刺?」
「うん」

取り上げた東間の視線が名刺の上を滑る。

「秋吉…って、仕事関係の人のか」
「桐生の――、桐生が想っている人。今日会ってきたんだ」
「会った、」
「うん、会った。本当は桐生だけだったのに秋吉さんがどうしてもって…」

「桐生も、同性愛者なんだな」

それは問いかけと言うよりも確認を取るようなセリフだった。この間会って会話した時の節々には感じる事ができたのだろう。

「なんで言わなかったんだよ」

そういえば桐生と合う事を東間に伝えていなかった、と思ったのと同じくしてその言葉が吐き出された。

「え。いや――」
「俺は関係ないって?」
「そんなことない、ただ前もって言わなくても良いかって…」

帰宅して後から言えば良いかと思っていた。
ただの同級生と話しをする為に会っただけだ。丸一日を潰すわけでも、特別な同窓会でもない。
なのに目の前の東間の表情は苛立ちを含んでいる様だった。

「――恵生っ」

自分を呼ぶ声は確かに聞いた。あまりにも小さくて聞き逃してしまいそうなその音を。

体が揺れて、天井が見えるのは一瞬だった。
抵抗するタイミングなんてなくて、あっという間に東間に押し倒されていた。

何故。

何故東間はそんなに苦い表情で俺を見下ろすのか。
このあいだと同じように、力任せに身体を開かれるのだろうか。そして俺も東間の異変に気付きながら、問うタイミングを逃して、身体に感じる東間の熱に溺れてしまうのだろうか。

駄目だと思う。このままでは変われない。
何かは分からないけど、自分達がどこへ向かっているのか明確な物なんて無いのに、このままでは駄目だと思った。

それはきっと、桐生と秋吉さんの姿を見たから――。





prevbacknext




[≪novel]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -