sunny place | ナノ



sunny place
08












ランチの時間が過ぎた店内はゆったりとした空気が流れていた。

店の一番奥。
隣のテーブルとは壁で仕切られた所にその姿を見つけると、声を掛けてきた店員に一声返事をして向かった。




一直線にやって来る俺の姿にすぐに気付いたようで、視線が合うと、桐生は軽く手を上げて俺を促した。

「ごめん、待たせたか?」
「いいや大丈夫。それより今日良かったのか」

桐生の向かいに腰を下ろす。

「うん、東間はバイトで居ないし、いつも休みの日は家でごろごろしてるくらいだから」
「そか。何か飲むだろ」

渡されたメニューから、この間注文したアイスコーヒーを選んだ。

桐生と久々の再会をしたその翌日にメールが届いた。
会って話がしたいと、その一言。
全てを話したいと、あの時の声が木霊し、俺は翌週の土日に時間が作れると返事をした。

「――…なんか変な感じだよな、桐生とこんな…」
「ん?あぁ、そうだな」

こんな風に、向かい合い改まって会話を交わすことはあの頃の自分達はしなかった。
お互いが相手を探り気遣い、クラスメイトの手前、上辺だけは委員長と一生徒だったから。会話は交わすがそんなにつるんでいた訳でもなく、同じ時間を過ごしていてもその辺のクラスメイトとは違っていた。

それでも自分を知っている誰かがいることが心強かったし、俺も桐生もそれは同じ気持ちだっただろう。
全てを知っているわけじゃない。けれど感じるものが一緒だったから、傍に居れた。

「今更だけど。――高校ん時の事は、…許して欲しい」

ジッと見つめてくる桐生のまっすぐで綺麗な真摯な眼差し。
あの頃の桐生は、誰にもこんな視線を向けることは無かった。一枚幕を張ったように、その向こう側から人を見ている感じだった。

「許すも許さないも、あれは事故だよ。気にしてない」

俺のその言葉で、桐生の口から力が抜けたような息が漏れた。

「…そう、か。ありがとう。あの頃の俺、櫻田のこと…好きだったよ。お前には代りにしろとか言ったけど、本当は振り向かせたかったんだと思う。ストレスだとか、色んな感情に埋まってはっきりと気付こうとしなかった。けど、ちゃんと…気持ちはあったはずだから」

「――うん」

追いやられた過去が大切なものへと変化していく。
たった一声で、けれどそんな一言が生まれるまでにこれほどの歳月をかけた。
言う方も、それを受け取る方も、ほんのすこしの成長で全てが色を変えて、収まるところに収まっていく。

若かったから、と言ってしまえばそれだけで、けれど貴重な時間で大切な記憶だ。

例えそれが、苦くとも、醜いものでも。

「あの時の俺はさ、作りもんの俺でやっていけるならそれでいいって思ってたんだよ。委員長なんて器でもないし、そもそもやる気なんて湧いたことも無かった…。そんなストレスを発散したくても出来なくて、自棄になってた」

「桐生はしっかり委員長できてたじゃないか、すごいと思うよ。強いんだって、桐生は」

いいや、と桐生が静かに首を振る。



「怖かった…一人、だったから。でもあんな事あったのに櫻田と仲良くなれただろ。ほんと、おかしな展開だけどさ、ありがたくて。櫻田の存在が…ありがたくて。卒業しても櫻田の事だけは何度も思い出してたんだよ」

手持ち無沙汰なのか恥じらいなのか、桐生は氷の入ったグラスを回していた。

「お前も知ってるように、捨てられて――。家族からもどこか孤立してたし、自棄だった。…体使って、金貰ってたんだよ。別に金目当てって訳でもなくて、ただの人肌が恋しいっていうの? …そんなことが後になってから後ろめたくて、後悔した。後悔したって、遅いのに」

眉間を軽く寄せて俯き加減の瞳はとても切なげだった。言いたくない過去、言われたくない過去、なくしてしまいたい過去。
初めて桐生の口から伝えられた正直な言葉。
俺は特に驚きもせずに、すんなりとその言葉の数々を受け入れた。

闇を、重い過去を、重くなってしまった気持ちを、この桐生も抱えて生きていたのだ。

俺を振り向かせる術が分からず、東間との関係を止めさせる為の行動、それは不器用な優しさで、寂しさだった。

あの頃の俺はそんな桐生の気持ちを分かち合えただろうに。知らずに時間を過ごし、それを桐生はどう思っていたんだろう。俺に助けを求めず、けれど同調するように傍に置いて。

「桐生…」

謝罪でもない。だが温かい言葉を掛けるには時間が経ちすぎていた。

「――…でも、アイツ、そんな俺を許してくれてさぁ」

ふわりと、また桐生が俺の知らない笑顔をする。
その笑顔にあぁ、と安堵して、あのスラリと立ち尽くしていた男性を記憶から呼び起こした。スーツの色くらいしか覚えていないけど。

「あの人が桐生のことを捨てたって言ってた人だったんだな?」
「うん、卒業式の日、俺を迎えに来てくれたんだ。自分の社会人としての葛藤もある中で」
「…そうか」

今桐生が笑っていること。今桐生がその人を思い幸せそうに笑えること。

「何度も自分を責めた、けどそれを繰り返すたびアイツも自分を責めてたんだよ。時間かかったけど、やっと納まったっていうか、なんていうか、二人で先を見ることができたっていうか…」
「ちゃんと…過去になったんだな」


「――あぁ、そうだな」


俺は東間が前を向かせてくれた。
まるで人とは違うところに居るような感覚しかなくて、そこへは到底たどり着けないと思い続けていた。そんな不安を東間は拭ってくれて、俺を引きずり上げてくれた。
おおげさな話、人間らしくなれた。人と対等で在るという事を感じさせてくれた。
俺がそうだったように、桐生にとっては“アイツ”がそうなのだ。感情を出し、人間臭く生きて居る事を許してくれる場所。

「廉」

俺の頭の上から降ってきた声は、甘い響きを持っていた。

その響きは桐生の笑顔の元なのだろう、俺の頭上をみあげるようにした桐生から簡単に柔らかい笑顔を引き出した。





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