sunny place | ナノ



sunny place
03






立ち話をしていた所から、すぐ傍にあったカフェへと場所を移動した。

東間が桐生を誘うだなんて思いもしなかった。俺と二人で休憩して、帰ったら早速夕食の献立の話でも始めるものだと思っていたのに――。

「良かったのか?」

桐生の問いかけに、俺は曖昧な相槌を返すだけだった。東間の表情を伺うが、先ほどから変らずに作った笑顔を貼り付けている。
それが作り物だと気付いているのは俺だけだろう。

「桐生は…委員長だったんだ?」

東間がジッと桐生に目を向ける。

「あぁ。そう…まぁ委員長って言っても雑用に近いことが多かったなぁ」

過去を思い出しているのだろう、ふわりと笑った桐生の笑顔は、あの頃には見ることの出来なかった笑顔だった。

「桐生、変った」

思わずその笑顔に食いつくように、言葉を放った。
そして桐生の笑顔を見て、今更ながら高校生だった桐生の姿に胸が痛んだ。

「そうか?まぁ高校の頃みたいに若くは無いよな」

あの頃、俺は桐生になんと声をかけていたっけ。桐生の涙を俺はどう捕らえていたっけ。

自分に必死で、桐生の闇を、痛みを、知ってやる事が出来なかった。もっと桐生自身を見てやれば桐生の気持ちが軽くなる事だってしてやれたかもしれない。

だけど、それも全て過去の話。
今更何を思ったってどうにも成らない。何よりあのときの自分が他人を気遣うなんてこと出来たとは思えなかった。
今、桐生も俺もこうやって笑っている。
卒業式の後、あのスーツの彼との間に何があったのか、あの過去にケジメをつけたのかは知らない。

けれど、この笑顔が全てだ。


「あの頃の恵生が…よく他人を受け入れたもんだな」

独り言のように呟いた東間のセリフに、過去へとさかのぼっていた意識を引き戻した。

「桐生は何かにつけて…強引だったけどな。まぁ御互い若かったって事で済むようなことだよ」

アイスコーヒーに刺さったストローから口を離し、桐生を伺う。桐生も多分、過去の自分達を思い出しているのだろう。

「そうだな。若くて、必死だった。まぁそれだけじゃない、近づこうとしたって頑なだった櫻田に意地になってたよ。だんだん必死になってきてさ、俺って櫻田の事本気なのか?って自分自身が錯覚するくらい」
「き、桐生」

あのころの事は正直、東間には聞かれたくない。

頑張ると虚勢を張って、そのくせ頑張れなかった。何度もくじけそうになって…何度も何度も…東間を想っていた。
桐生の事だって、結果的に良い友人になれたがその過程はとても東間に言えるものじゃない。後ろめたい記憶、それらを無かった事に出来れば。
けれどそうなると桐生とはこうしていられなかっただろう。

「恵生に、卒業後に思い出話が出来る友人が居て安心したよ」

「――本当に?本当に東間はそう思ってるのか?」

桐生が東間に問いかける、どういう意味を持っての事なのか。
その場の空気が変った事を肌からビリビリと感じる。

「思っているよ。恵生が友人を作るとは思えなかったから。色々…、心配してたし」

「そんなに心配だったなら、一度くらい顔見せてやったらどうだったんだ」
「え?」
「櫻田に会いたいって思わなかったのか?こっちの学校で櫻田がどんな風に生活して居たか、気にならなかったのか?」


「――っ、桐生に、何が分かるんだ…」


東間が手を握り締めるのを見て、俺は身を乗り出した。が、桐生はそんな俺を制するように言葉を繋いだ。

「櫻田と東間の事は…ある程度は耳にした。噂だったり、櫻田本人からも」

目配せされると、なんだか居たたまれなくなってくる。今この場所で蚊帳の外は東間だけだ。東間が今穏やかでない事もひしひしと伝わってきている。
この雰囲気を和やかにしたくとも、その術が思いつかない。

「それでも、桐生に俺らの事は理解できないだろ」
「あぁ理解できなかったね。だけど、櫻田がどんな風に東間を思い続けていたか、お前を呼ぶ声を俺は知ってる」



『と、まっ』
『そうそう、東間って呼んで。ほら、イけよ』
――今まですっかり忘れ去られていたあの映像。
忘れ去られたというよりも、無かった事にしたい俺の脳が過去に置いてきた出来事。フラッシュバックされたそれに重ねて、桐生から思わず顔を背けてしまった。


「俺はそんな櫻田の弱みに付け込むように、東間の代りにしろって申し出たんだ」

何が面白いのか、楽しそうにあの頃の事を思い出話として喋り続ける桐生。

「もうやめろよ、桐生」

忘れたい、なくしてしまいたかった。
一瞬でも揺らぎそうになった事実、桐生に東間を重ねてしまう心が在った事が…許せない。

「……東間を実際前にするとあの頃の感情が思い出されるよ。突っかかって悪いな、東間」

「俺は、かまわない」
「東間が良くても、俺が嫌だ。桐生もその話はもうやめてくれよ」

「櫻田…悪かったな。感情的になった」

熱を逃がすように、口をつけたアイスコーヒーは俺の分だけが空になっていた。





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